いまや日本人の2人に1人がかかると言われる「がん」。もし自分や、自分の家族ががんになったら……。そんなとき心強い味方になってくれるのが、著書『がん外科医の本音』で知られる中山祐次郎医師だ。終末期のがん患者にかけられる、「もうできることはありません」「自宅で過ごしてください」といった言葉。はたして医者は患者を「見捨てて」いるのか? 中山医師が本音を明かす。
こんにちは、総合南東北病院外科の中山祐次郎です。大腸癌手術や抗がん剤治療を中心とした外科の専門医をやっております。
第四回となる今回は、「医者は末期の患者さんを見捨てるのか」という非常に書きづらいテーマで、実際にがん治療に携わっている医者の立場から本音でお話ししたいと思います。
私は日々がん患者さんの治療に当たっています。がんが進行し、何種類かの抗がん剤がすべて無効になってしまったとき、「これ以上ここで、積極的ながん治療としてできることはない」というニュアンスのことを患者さんにお伝えすることがあります。あとは定期的に通院していただき、痛み止めの薬の調節や体調が悪いときの対応などになるのです。
こうお伝えすると、多くの患者さんはがっくりと落ち込みます。
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どう伝えても、難しい。どんなふうにお話しても、必ず患者さんはショックを受けます。正直なところ、正解が見つかっていません。
もしかすると、正解など無いのかもしれません。ですが、なんとかそのショックを和らげたい、という気持ちはあります。
ときには早め早めに「次のお薬が効かなくなったら、もう手がありません」と段階的にお伝えし、「いきなり見放された感」を減らそうとしていたこともあります。しかし、なにも変わりませんでした。同じくらい、患者さんやご家族はショックを受けておられたのです。
「主治医から、もうここでできることはない、転院してくださいと言われました。手の施しようがない患者さんに、医者は興味を失うのですか?」
こういったお話も実によく耳にします。たしかに、このように転院をお願いすることはあります。
興味の有無という点ですが、まず医師は患者さんの治療について「あの人は面白そうだ」「こっちの人はたいくつだ」などと興味が変化する人は少ないのではないかという印象を持っています。
あまりキレイゴトばかり言うのも嫌ですが、外科医をやっているとたしかに、「いや、この腫瘍は取り切れるかなあ。難しいが、しかし挑戦せねばこの人の長期生存はない。厳しいけど、やらねば」というシーンはときどきあります。
しかしそういうときに「腕が鳴る」という外科医はおそらく過去の遺物で、私などは、「しかしもし取り切れなかったらどうする。もし大出血したらどうする。もし手術のせいでこの方が亡くなったらどうする」と、どちらかというとネガティブに悩みます。不安に包まれます。
私の見てきた外科医はほとんどがこちらのタイプでした。自分のメスで人を死に致らしめる、そんな経験は絶対にしたくありません。さらに本音を言えば医師にも自分の生活がありますから、医者が続けられなくなる恐怖もあります。
しかし、私はこういった不安は、外科医にとって重要であると考えています。不安だからこそ、何十回もCT検査画像を見直し、頭の中で手術のシミュレーションをし、実際に絵に書いてみて、作戦を練るのです。
そして、「大出血のリスクをあらかじめ麻酔科医師に伝えておこう」「輸血科にも連絡しておき、準備しておこう」「止血のための特別な器械を最初から出しておこう」と備えが万全になるのです。
これは内科の医師であっても同じことです。危険な可能性がある治療の前には、考えつく限りの検討と備えをするべきなのです。
こういう点で、医師は勇気にあふれる「蛮勇タイプ」よりも「臆病タイプ」のほうがいいと私は思っています。
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不思議なもので、こうやってあちこちに連絡し、完璧に近いまでの備えをしたときほどトラブルは起きないものです。まあ大丈夫だろうな、そう思っているときにこそ本当の危機は訪れます。
興味があるかどうかで医師が治療の内容を変えることはありません。ですが、患者さんからのおたよりで「がんが進行し、『この病院ではもう何もできない』と見捨てられました」という声を拝見するのも事実です。
これは、おつらい。本当におつらいことでしょう。信頼していた医師にそう言われることは、救いも何もないという気になるでしょう。
しかし、残念ながら私も心当たりがあります。
「中山に見捨てられた」と思っている患者さんがいるのではないか。苦しいですが、このことについて、医者側からの「言い訳」をさせてください。
まず、医者は患者さんを見捨てるわけではありません。医者にとっても頼ってくださり、信頼関係がある患者さんとの別れは寂しいもの。
しかし、医者や病院には役割分担があります。私の場合は、外科医として、毎日新しくがんと診断された方の手術をせねばなりません。加えて抗がん剤治療もしつつ、終末期の方も診ています。私の病院は地方都市(福島県郡山市)で、他に医者がたくさんいるわけではないので、こうやって私が多くの役割を担っています。
しかし、一部の病院ではもっと分業が進んでいます。外科医は手術をし続け、抗がん剤は専門の医者がやり、緩和ケアはまたその専門の医者がやるところがあります。
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がんセンターや大学病院など、大きい病院では分業化が進む傾向にあります。まだそれほど数が多いわけではありませんが、少しずつ増えています。
そういう病院では、「手術→抗がん剤→再発→抗がん剤治療」をやりきってもがんが進んでいる患者さんに対して、「ここではもう何もできない」ということになるのです。その病院が緩和ケア部門を持っている場合は、そちらに主治医が変更となります。
正直申し上げて、病院側としては「見捨てている」意識はありません。が、「これ以上ここでできる治療はない」ということをお伝えすると、「もう来ないでください」というふうに伝わってしまうのかもしれません。
実は医者としてはそういった終末期の患者さんには、「限られた残りの時間は、自宅で家族と過ごすなど大切にしていただきたい」という気持ちがあります。ですので「家でお過ごしください」というような言葉になることもあるのでしょう。
また「もう外来には定期的に通院しなくてよいです」とお伝えすることもあります。医者としては、痛みやだるさを抱えて病院に来るだけでも大変なので、医学的な必要性がないのならなるべく通院回数は減らして差し上げたい気持ちで言うのです。
しかし、これらの言葉はさらに「見捨てられる」お気持ちにつながってしまうのかもしれません。
いかに伝えるべきだったのか。私には今、後悔の念が押し寄せます。言葉が足りなかったのでしょう。今はもうこの世にいらっしゃらない患者さんを考えると、もう少し他の方法はなかったのかと思います。