平良啓子さん死去=「対馬丸」語り部、88歳

太平洋戦争中に米潜水艦に撃沈された学童疎開船「対馬丸」の語り部として平和教育に取り組んだ平良啓子(たいら・けいこ)さんが29日午前10時23分、大動脈解離のため、沖縄県名護市の病院で死去した。88歳。同県出身。葬儀は8月2日正午から、同県大宜味村喜如嘉板敷原232の2の大宜味火葬場で。喪主は長男基(もと)氏。
1944年8月、9歳で家族らと共に対馬丸に乗船。無人島に漂着して救助されたが、祖母と兄、いとこらを亡くした。戦後は教員を務め、退職後は対馬丸の生き残りとして自らの体験を語り継いだ。
[時事通信社]