悲願である”憲法改正”に向けて、尽力した安倍晋三元首相。2022年7月、安倍元首相が凶弾に命を絶たれて以降、政権は羅針盤を失ったかのごとく動揺した。岸田政権の先の見通しとは?安倍元首相に徹底的に取材を重ねた政治ジャーナリストの青山和弘氏が語る。
※本稿は、『Voice』(2023年8月号)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
自民党保守勢力の拡大も画策
安倍晋三はかねてからの悲願である憲法改正のために、日本維新の会が野党第一党になるという絵図を描いていた。
そんな安倍の思いは自民党内にも向いていた。憲法改正も含む「戦後レジームからの脱却」には、自民党内の保守勢力も拡大する必要があったのだ。
安倍は2015年、拙著『安倍さんとホンネで話した700時間』(PHP研究所)に向けたインタビューの中でこう述懐していた。
「私が当選した頃は、保守と言うのはまったく悪いイメージなんです。北朝鮮拉致問題とか教科書問題などに携わっていると、”変わった人”のカテゴリーに入れられるわけですよ。
ちょっと極端な人々みたいなね。アメリカの占領政策のマインドコントロールは何世代にも渡るのかって感じがするね。(自民党も)だいぶ変わってきたけど、大変だった」
1993年、安倍初当選のときは細川護熙政権ができて、自民党は野党だった。約1年後、自民・社民・さきがけの三党連立政権となって政権に復帰したが、安倍は自民党が社民・さきがけに迎合して「とても堕落している」と感じたという。
それから野中広務元幹事長や河野洋平元総裁ら党内のリベラル派と闘争。ポストが上がってくると、稲田朋美、杉田水脈、青山繁晴、山田宏といった保守系の人物を次々と自民党国会議員にリクルートしていった。
現在最大派閥となった安倍派を中心とする自民党保守勢力の拡大は、安倍政権の長期化に加えて、野中ら戦中派議員の引退、北朝鮮の核ミサイル開発や中国の台頭など安全保障環境の変化のなかで加速していった。
左傾化する野党第一党
こうした動きの一方で、野党第一党は逆方向に向かっていく。民主党から民進党、そして立憲民主党と変遷していくにしたがって、左傾化を強めていった。
2009年に民主党が政権交代を果たした当時は、鳩山由紀夫元総理、小沢一郎元幹事長という自民党出身議員がトップを務め、前原誠司元外相、細野豪志元環境相などの保守系議員も多く抱えた、旧社会党系までウイングの広い政党だった。
しかし、野党に転落して以降、保守系議員が徐々に離れていった。そして大きな転機となったのが立憲民主党の結党だ。
2017年、小池百合子東京都知事が立ち上げた「希望の党」は、民進党議員の合流にあたって安保関連法の事実上の容認などを条件に「排除」を振りかざした。
立憲はそれによって希望の党への合流を阻まれた、もしくは避けた議員たちが結成した政党だ。つまり民進党内のよりリベラルな集団が立ち上げたのが立憲であり、そのDNAには、安全保障政策での対立軸が埋め込まれているのだ。
そして総選挙の結果、僅差ながら立憲が希望の党を上回る野党第一党となり、野党勢力の軸に座った意味は大きい。
2021年の衆院選での敗北をきっかけに、立憲の代表は創設者の枝野幸男から、希望の党、そして国民民主党と渡り歩いた泉健太にバトンタッチした。
立憲の失速に危機感を抱いた泉は、現実的な安全保障政策や日本共産党との共闘の見直しを掲げたが、強いリーダーシップは示せず、かえって立憲がどういう政党なのか見えにくくなってしまっている。
こうした状況により、保守かリベラルかというよりもいまの政治に不満をもち、現実的な変革を求める有権者の期待が、維新に集まりやすくなっている。このいわゆる”改革勢力”は、その昔は小泉純一郎総理が、その後は民主党が担ったポジションだ。
さらに存在感が薄い泉に比べて、維新には吉村洋文大阪府知事というリーダーが見えるのも強みだ。吉村はこれまで自らが国政に進出することには否定的だったが、吉村に近い維新関係者はこう明らかにする。
「(今年4月の)統一地方選挙の躍進を受けて吉村さんの意識にも変化が見えてきた。万博が終わるまでは府知事を辞めるわけにはいかないが、その後維新が政権交代の勝負に出るときは総理候補として出てくる可能性も十分ある」
とはいえ維新が自民党と伍する二大政党の一角に成長するには、まだいくつものハードルがある。維新の現有議席数はいまだ衆議院41、参議院21に過ぎない。
大量の候補者発掘を急げば、「粗製乱造」の懸念が増大する。維新幹部にとって所属議員の不祥事対応はいまも日常茶飯事だ。維新幹部はこう嘆く。
「リスクコントロールがうまくできなければ、維新への期待感はしぼんでしまう。とにかく神経を使います」
この問題をスキップするにはいまある政党との合流、いわゆる政界再編によって勢力を拡大するという方策もある。しかしこれまで維新は、大阪の地域政党からの脱皮をめざす過程で他党との合従連衡を繰り返し、ことごとく失敗してきた。
2012年の石原慎太郎元都知事率いる「太陽の党」との合流、2014年の江田憲司らの「結いの党」との合併は、結局は党分裂につながって水泡に帰した。
その結果として2015年に大阪組が純化する形でできた「おおさか維新の会」が、いまの「日本維新の会」の原型となっている。維新幹部は語る。
「既存政党と離合集散するのは維新の”負の歴史”ですよ。これからは一気に勢力を拡大しようとはしないで、まずは野党第一党となり、そのうえで政権交代をめざします」
しかし関西や大都市圏を除けば、まだまだ手足となる自治体議員もおらず、地方組織もない。維新が自力で政権に手が届く勢力にまで成長するには、リスクを背負いながら議員を増やす、長い道のりが必要となるだろう。
「公明党は衰退していく政党だ」
一方、組織力の衰えが隠せないのが公明党だ。2022年参院選の比例代表の得票数は618万票と、非拘束名簿式になった2001年以降で最低となった。目標としていた800万票には遠く及ばず、2021年の衆院選より100万票近く減らしたのだ。
新型コロナウイルスの感染拡大による日常活動の制限や旧統一教会問題の影響もある。しかし最も深刻な構造問題が学会員の高齢化だ。創価学会関係者は語る。
「600万票を割り込むのも時間の問題だろう。創価学会と政治との関わりも変質していく可能性もある」
そんな公明党の現状を、「自民党一の切れ者」という評価もある茂木敏充幹事長が見抜かないわけがない。
かねてから「公明党は衰退していく政党だ」と周囲に語り、「公明党には譲りすぎだ」というのが持論だ。
広島三区の候補者調整やコロナ給付金で煮え湯を飲まされた岸田文雄や、地元で支援を受けていない党副総裁の麻生太郎も公明党には冷淡だ。
このように政権中枢と溝がある状況で、長い連立で溜まった不満のマグマが爆発するのは時間の問題だった。
こうしたなかで自民党内には「もう自公連立も潮時だろう」という冷ややかな声も出ている。
しかし話はそう簡単ではない。岸田総理は次期衆院選で勝利すれば、憲法改正に向けた動きを本格化させたいと考えているからだ。最近も周囲に「私はハト派でない。リアリストだ」と意欲を見せている。
外務大臣だった2014年にも岸田はこう語っていた。
「安倍さんのような、いかにも保守派の人物より、私のような政治家のほうが憲法改正はやりやすいのだと思います」
憲法改正の動きが具体化すれば、来年9月の自民党総裁選での再選に向けて大きな推進力になるという思惑もある。
しかし衆院選で、もし維新が野党第一党になり公明党の退潮がさらに進めば、自民党内に維新との関係を重視しようという動きが出かねない。そうすると自公関係はますます難しくなっていく。
それでも公明党を引き寄せるためには、公明党との信頼関係を築けていない現執行部の刷新は必須となるだろう。
幹事長候補としては菅前総理に近く、仕事師として岸田が評価する森山裕選対委員長や、自公連立政権の生みの親、小渕元総理を父にもつ小渕優子元経産相などの名前が挙がっている。
さらに安倍晋三死去の影響は自民党内に軋みを生んでいる。安倍が育てた党内保守派のコントロールが難しくなっているのだ。
防衛費増額のための増税や通常国会で成立したLGBT理解増進法に対する対応では、党内対立が表面化した。
憲法改正の中身や増税問題などさまざまな局面で、今後も党内がガタつく懸念がある。安倍派幹部は周囲にこぼしている。
「安倍さんは保守派の棟梁だったが、抑え役でもあった。安倍さんが亡くなってから突き上げが激しくなって、派内はガタガタになってしまった」
安倍の描いた画図に乗る岸田
2022年6月16日、安倍が本格的な参院選応援に入る前に、私は安倍にインタビューすることになった。すっかり顔色も良くなった安倍に三度目の総理大臣への意欲を尋ねると、笑顔でこう答えた。
「十分長くやりました。ただ憲法改正という大きな事業について、残念ながら成し遂げられなかった。一議員にはなりましたけども初めて議員になったときからの大きな目標ですから、何とか成し遂げたいなと思ってます」
私は言葉の雰囲気からも、安倍が三度目の総理大臣を視野に入れているのではないかと感じた。しかしそれから1カ月も経たないうちに安倍は帰らぬ人となり、図らずも最後のロングインタビューとなった。
安倍の死後、岸田政権は突如羅針盤を失ったかのように荒波にもまれ始めた。国葬儀や旧統一教会を巡る問題で内閣支持率はみるみる降下した。
閣僚のスキャンダルや国会対応の杜撰さで、政権はダッチロールを始めた。そして沈没寸前かと見られた昨年11月、岸田総理は突如開き直って突き進みだした。
側近の寺田稔総務大臣を更迭し、強引に旧統一教会被害者救済法の成立を図ると、防衛増税、原発政策の転換、そして異次元の少子化対策と、根回しもそこそこに大きな政策を打ち出した。
そこから内閣支持率は反転を始め、政権を取り巻く環境はかなり改善した。現在はマイナンバーカードを巡る問題などによって内閣支持率は再び下落しているが、岸田はこの勢いを維持して秋にも解散総選挙に打って出て、長期政権を築いていくのか。
そして安倍が願っても果たせなかった憲法改正という大望を、岸田が成し遂げるのだろうか。
それとも公明党の離反による政権の弱体化、維新との保守層の奪い合い、立憲などリベラル野党からの激しい抵抗、加えて自民党内保守派からの反発に見舞われて再び混迷を深めていくのだろうか。
岸田は6月解散を見送ったことで、次のタイミング探しが非常に難しくなる可能性もある。安倍が遺したもの、そして時代の大きなうねりに飲み込まれながら、岸田丸は海図のない荒海を突き進んでいくことになる。〈文中敬称略〉