子爵家19歳当主が撮影、関東大震災直後の惨状…黒煙の街や軌道上の遺体をアルバム3冊に

未曽有の被害をもたらした関東大震災は9月1日、発生から100年となる。写真を愛した青年が焼け落ちた街の姿を撮影したアルバムには、1世紀の時が流れ、当時を知る人が少なくなる中、災禍に身を置いた人たちが残した記録が、多くのことを今に伝えている。

39枚の写真が収められたアルバムの1枚目。〈大地震来タルヤ直チニ牛込土手ニ避難ヲシ此所ニテ三日間露営〉。そうしたコメントとともに、着物姿の避難者や持ち出したとみられる荷物を写した写真が貼られていた。1923年9月1日、地震発生直後のものだ。
撮影者でアルバムを作ったのは、結城藩(茨城県)藩主の家系で、子爵水野家19代当主、勝邦さん(1904~88年)。当時19歳。旧制学習院中等科の写真同好会に所属していた。被災場所は不明だが、自宅は現在の東京都文京区大塚にあった。
アルバムは遺族のもとに残されていた。全てが本人の撮影ではないが、震災直後から1か月以上にわたって、東京や神奈川県を写した152枚が3冊にわたって貼られていた。写真のそばに撮影場所や日時が付され、被災状況がありありと記されているものもある。

最初のアルバムの2枚目の写真には、黒煙たちこめる街の様子が写る。当日午後3時に九段坂上(現在の東京都千代田区)から神田方面を撮影したとし、〈太陽ハ黄色トナリ黒煙ノ為メ展望出来ズ〉〈丸ノ内方面ト飯田町方面ヨリノ煙ハニコライ堂方面ニ 於 (おい)テ合しテ上野浅草ヲ全ク包ンデシマツタ コノ火ガ浅草上野方面ニ達シタ〉と状況が詳細に記されていた。
9月3日には、電車の軌道上に放り出された遺体も撮影。陸軍が発表した「八万以上」という死者数に対し、〈世界ニ 未 (いま)ダ例ヲ見ナイ所デアル〉と 驚愕 (きょうがく)し、〈誰一人トシテコレヲ 處理 (しょり)スル者モナイ〉〈両側ノトタン板ノ下ニモ死人ガ入レテアル〉と生々しい状況説明を付した。
アルバムを所蔵する長男、勝之さん(79)や長女、上田 和 (より) 子 (こ)さん(88)によれば、勝邦さんは戦時中に疎開した際、このアルバムも東京の自宅から持ち出したほど大切にしていたという。
アルバムは水野家所蔵資料を調査している皇学館大学の長谷川怜准教授(日本近現代史)が確認した。長谷川准教授は「日常が震災によって一気に失われたことを訴え、ジャーナリスティックなまなざしを知ることができる」と指摘した。
「関東大震災」(講談社学術文庫)の著書がある鈴木淳・東京大教授(日本近代史)も「自分が撮影した写真に丁寧な解説を付し、しかもその作成時期が震災直後であることが明確なアルバムは出会ったことがない。報道関係者ではなく、一般人の震災直後の行動や受け止め方を正確に伝える貴重な史料だ」と話した。
アルバムは、9月1日から千代田区立日比谷図書文化館で開催される特別展「首都東京の復興ものがたり」で展示される。