マスクをしなくてもいい生活になり、自分の口臭は大丈夫かしら、などと気にしている人もいるかもしれない。自分のニオイを客観視するのはなかなか難しい。そのため、何十年も自分はくさいのではないかと悩み、人混みを避け、周囲の咳払いを恐れ続けている人たちがいる。そんなニオイの悩みを抱えた人が集まるカフェが今年、オープンした。そこで行なわれていたこととは…。
「悩みから解放してあげるきっかけに」オフ会で他人のニオイを“クンクン”
今年4月、東京・東久留米市にオープンしたカフェ「ゆあのあ」。店内はピアノのBGMが流れ、緑を基調とした落ち着いた普通のカフェなのだが、休日になると様相がガラッと変わる。
店内では、女性が他人の脇に鼻を近づけ、また他人の頭皮に鼻を近づけ、クンクンとニオイを嗅いでいる。女性はなぜ、そんなことをしているのだろうか。なぜ、ニオイを嗅がれた人は嫌がらないのか…。
実はこのカフェ、休日になると“ニオイを気にする人たちが気軽に集えるオフ会”を開催している。SNSで開催日が告知され、予約した参加者はどんなニオイで悩んでいるかなどを語り合うのだという。クンクンとニオイを嗅いでいた女性はこの会の主催者で、カフェのオーナーの中道亜希子さんだ。
ニオイ悩みカフェ「ゆあのあ」 中道亜希子さん「自分のニオイで悩んでいる気持ちを分かり合える仲間を作れる場所、お互いを受け入れ合える場所を作り、1人でも多くの人を悩みから解放してあげるきっかけになるといいなと思って」
実際、集まっている人は、この会に参加することで「気が楽になった」と言って帰っていくという。ポイントは中道さんに“クンクン”されることだ。一体、“クンクン”にはどんな効果があるのだろうか。
周りが鼻を抑えるのは「自分のせい」 相談できないニオイの悩み
中道さんがニオイに悩む人の脇や頭を“クンクン”し始めたのは、自身が抱えていたニオイに対するコンプレックスが関係しているという。
「30年以上『自分はくさい』と思ったまま生きてきました」と話す中道さんが、自分のニオイが気になり出したのは中学生の頃から。次第に「くさい」と思われたくなくて、人を避けるようになったという。
高校生の時に、一念発起して病院で診察を受けた。そして、「軽度のワキガ」と診断される。医師は「ほとんどニオイはしない程度」だと説明したが、ワキガであることに変わりない。帰りのバスで1番後ろに座った時に、1番前の運転手や乗客が鼻をすすったり、咳込んだりしているのを見ると、「自分のニオイのせい」と感じたという。
ワキガを治すための手術もしたが、ニオイへの不安は消えなかった。寒い冬でもシャワーを浴びたり、トイレで脇の下を洗ったり拭いたり、デオドラント剤も使用した。
自分はどのくらいクサイのだろうか…。勇気を出して家族や友だちに聞いてみると、「大丈夫だよ」「くさくないよ」と言われた。その言葉に、中道さんはショックを受けた。当時の心境をこう振り返る。
「本当にくさくなかったと思うんですが、私はせっかく勇気を出して聞いたのに、気を使われた、ウソつかれたって思ってしまいました」
すべてを後ろ向きに捉えてしまう中道さん。どうしていいかわからなくなり、「死にたい」と思ったこともあるという。
そんな中道さんの考えが180度変わる出来事が起きる。
「世界が輝いて見えた」 当事者同士だからこそ信頼できる
きっかけは、同じようにニオイで悩んでいる人に、自分のニオイを“クンクン”嗅いでもらい、「大丈夫だよ」「くさくないよ」と言われたことだった。同じ言葉でも、家族や友人から言われるのとでは、受け止め方は違ったという。
「同じ悩みを抱えた人はみんな同じような経験してるし、気持ちもわかってくれるからウソつかないよなって信頼できたんです。仲間に『くさくないよ』って言ってもらって、初めて自分の中に『私ってくさくないのかも』っていう可能性が出てきたんです」
当事者同士だから分かり合える。同じ悩みを抱えた仲間だからこそ、信頼できる。中道さんは「大丈夫だよ」という言葉を素直に受け入れることができ、「その日から見える景色が変わったんです。本当に世界が輝いて見えた」のだと振り返る。
中道さんは今、オフ会を通してかつての自分のようにコンプレックスを抱えている人の役に立ちたいと思っている。想像以上のトラウマに悩まされている人は多いのだという。
“あなたはひとりじゃない” 悩みを克服するために大切なこと
オフ会ではさまざまなトラウマが共有される。
小学生時代に息が「玉ねぎくせえ」と言われ、それ以来、人前であまり笑ったりしゃべったりできなくなった。自分のニオイが気になって、人と会わないようにトイレ清掃の仕事を選んだ。その人の人生に影響を与えるのは、実は何気ない「くさい」という一言のことが多いのだという。
ニオイ悩みカフェ「ゆあのあ」 中道亜希子さん「人から『くさい』と言われると、人権を踏みにじられたような、死にたくなるようなトラウマになる。のちに、くさくなくなったとしても、誰も『前はくさかったけど、今くさくないよ』って教えてくれる人もいないから、『自分はくさい』って思ったまま生きていってしまいます。
コンプレックスがあると、人を信じるのが難しくなります。だからこそ、本当のことを言ってくれると信頼できる人を見つけて、悩みを打ち明け、確認してもらうのが、悩みを克服するために1番重要なことかなって思ってます」
悩みを抱える人にとって、自分が信頼できる人になれば…と、中道さんはオフ会を開催し、悩みに耳を傾け、脇や頭などに鼻を近づけている。
このカフェの名前「ゆあのあ」は、「you are not alone(あなたはひとりじゃない)」の頭文字をとったものだという。ニオイに限らず、コンプレックスは人を悩ませる。しかし、悩んだ時に1人で抱え込むのではなく、仲間がいると思えること、信頼できる人は見つけられると知ることは、どんなコンプレックスと向き合う際にも大切な要素なのかもしれない。