柿沢議員、地盤固めに区長選利用か…「国政の本流へ」区議取り込み

[不正選挙 柿沢議員逮捕]〈上〉

岸田内閣で法務副大臣を務めた柿沢未途衆院議員(52)が28日、4月の東京都江東区長選で区議を買収するなどした容疑で逮捕された。政党を渡り歩き、2年前に念願の自民党入りを果たした柿沢容疑者。地元の首長選に介入し、成し遂げようとしたものは何だったのか。関係者の証言などから舞台裏を探る。
「自民党区議の先生方に、陣中見舞いを配ってほしい」
2月下旬の朝。江東区のビルに入る柿沢の地元事務所で、柿沢は執務室の椅子に腰掛けたまま、目の前に並ぶ5人の秘書にそう告げ、「金庫に20万円ずつ用意している」と続けた。
2か月後には区長選と区議選が迫っていた。配る対象の区議は10人以上。秘書1人につき、区議2~3人を担当することになった。
「何かお手伝いできることはありませんか」。ある自民区議はこの頃、秘書の1人からそんな連絡を受けたことを鮮明に覚えている。
区議にとって、柿沢は親密とは言い難い関係だった。
地元の自民議員だった秋元司(52)が、収賄事件で政治の表舞台から去った後に行われた2021年10月の衆院選。柿沢は別候補を支援した自民都連や区長の山崎孝明らと対立した末に5選を果たし、自民党に追加公認された。地元の保守政界にとって、柿沢は混乱をもたらした人物とみなされていた。
区議は来訪の真意を疑いつつ、自身の事務所で秘書と面会し、世間話などを交わした。秘書は去り際、机の上に現金20万円入りの封筒を置いていった。
区議選と同日程で行われる区長選には、元衆院議員の木村弥生(58)が立候補し、柿沢が支援していた。一方、区議は5選を目指す山崎を支持。柿沢からの現金を「仁義に反する」と考え、数日後、秘書に封筒ごと返却した。
ただ、木村が当選した後の5月に柿沢本人と会食した際、別の秘書から「当選祝い」「誕生日祝い」として再び20万円を出され、受け取った。「選挙が終わり、ノーサイドだと思った」。区議は取材に現金を受領した理由をこう語った。
東京地検特捜部は秘書が2月に置いていった20万円を買収資金の一部とみている。「保守分裂」の厳しい選挙情勢を背景に、有権者に影響力を持つ区議らに現金を提供する――。検察幹部の1人は「当然、『区長選のため』という趣旨の含まれたカネだと認定できる」と話す。

柿沢は、同区を地盤に衆院議員を7期務めた父・弘治の長男だ。東大法学部を卒業後、NHK記者や弘治の秘書を経て、01年の都議選で当選。09年に死去した父の後を継いで同年の衆院選にみんなの党から出馬し、初当選を果たした。
元外相を父に持つ「2世議員」として国政に進出したが、同党を13年に離党すると、その後も維新の党、希望の党など野党を渡り歩いた。国政の要職に就けず、17年の衆院選では選挙区で敗れ、比例復活で辛くも救われた。長年支援してきた男性は「彼は自民党に入りたがっていた」と語る。
男性によると、弘治が1999年に党方針に反して都知事選に出馬し、除名されて以来、柿沢父子は自民党から遠ざけられていたという。「自民入りして父親の名誉を回復するとともに、国政の本流を歩みたいと思っていたのだろう」。男性は柿沢の胸中を推し量った。
そんな柿沢にとって、晴れて与党の仲間入りを果たすことになったのが、2021年の衆院選だった。

柿沢が選出された衆院東京15区は、江東区だけで構成される。有権者が重なる区長選や区議選の勝敗は、柿沢自身の「政治力」に直結する。一方、木村は元国会議員とはいえ、区内での選挙は初めてだった。「木村は操り人形」。柿沢に近い関係者は、区長選当時の柿沢と木村の関係をそう表現した。
木村陣営には、柿沢の秘書や選挙に精通した支持者らが送り込まれ、あらゆる活動を差配。宣伝車のドライバー、ウグイス嬢らの費用負担も柿沢事務所が行い、柿沢本人は表に出ないまま秘書らに指示を与えた。柿沢側による「お抱え選挙」は、木村が区長選の直前に急逝した山崎の後継候補に約1万4000票差で勝利し、区長の座を射止めた。
木村の当選で地盤を強化した柿沢は今年9月、法務副大臣として初の政務三役入りを果たし、ようやく「本流」の道を歩み始めたかに見えた。だが、木村の当選直後に発覚した違法なインターネット有料広告疑惑に足をすくわれる。
特捜部が10月に公職選挙法違反容疑で区長室を捜索すると、木村は辞職を決意。関与を取り沙汰された柿沢も副大臣辞任に追い込まれた。11月16日に地元事務所を、今月14日に国会事務所の捜索を受けると、恋い焦がれた自民党を離党した。
「支持基盤を強化するための地盤培養行為だ」。周囲にそう話し、買収容疑などを否定していた柿沢は28日に秘書らとともに逮捕された。議員バッジは今も手放していない。(敬称・呼称略)