上司はなぜ部下の価値観を「無視」してしまうのか?――元GE「リーダー育成専門家」が斬る

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本記事は、GEの経営幹部育成プログラムなどを歴任した著者による『世界基準の「部下の育て方」 「モチベーション」から「エンゲージメント」へ』(著・田口力、KADOKAWA)の中から一部抜粋し、転載したものです。リーダー育成の専門家が分析した「部下の価値観の理解法」をお読みください。

あなたは自分の部下一人一人の個人的価値観を把握していますか。

部下をエンゲージするスキルの第一は、相手を「知る」ということですが、その知るべき内容の中で、部下育成と密接に関連するのが「価値観」です。

なぜなら、人は自分の価値観に合った仕事ができているとき、そこにコミットメントが生まれるからです。経験的に理解できると思いますが、コミットした人とそうでない人との間には、パフォーマンスにおいて大きな差が生じます。

自分の価値観を知った上で「部下に押し付けない」
従って、上司としてのあなたの仕事は、部下の価値観に合うように仕事を設計して部下に与えるということになります。これは言葉にすれば簡単ですが、実行するのは容易ではありません。個人の価値観が多様化する中、一人一人の価値観に合わせて全ての仕事を設計することは現実的ではありません。

例えば私が行うリーダーシップ研修では、自己の価値観を知るためのセッションを取り入れていますが、そこで一位にランクされる常連の価値観は「家族」と「健康」です。部下が「家族」や「健康」を大切にできるような仕事のあり方を設計するには、会社の制度を工夫する必要があり、現場の管理職1人の力ではどうにもならない部分があるでしょう。

とはいえ、個人の価値観は1つだけではありませんし、価値観によっては管理職として工夫できることもあります。

価値観についてのセッションでも、参加者それぞれに「1位」だけではなく、「上位5つ」を特定してもらっています。「家族」「健康」以外でトップ5によく入る価値観としては、「挑戦」「自律」「感謝」「認知」「専門性」といったものが挙げられます。

こうした価値観と仕事を適合させることについては、管理職の出番があります。職務設計を工夫したり、仕事の仕方をアドバイスしたり、あるいは仕事の成果についてフィードバックを行うなど、さまざまな観点から関与できるはずです。

その際に気を付けなければならないことは、自分の価値観を押し付けたり、自分とは異なる価値観を否定したりしないということです。

前述のように、私たちの言動(発言と行動)、特に意思決定の場面においては、必ずと言って良いほど価値観というバイアスがかかっています。しかもそれがほとんどの場合、無意識になされるということが怖いのです。人は無意識のうちに同じような価値観を持つ人を好み、そうでない人を遠ざけてしまいます。

部下の価値観を知るために部下と向き合うときには、まず自分の価値観を明らかにし、部下の価値観は自分のそれとは違っていて当たり前だと自分に言い聞かせてください。

これを意識的に行わないと、無意識のうちに部下を自分の好ましい方向に誘導してしまう危険性があります。特にキャリアに関するコーチングやアドバイスをする際には、この価値観の相違が大きく影響するので注意が必要です。

部下の価値観を理解する「超簡単ノウハウ」
部下がどのような価値観を持っているのかを知るためには、次のような方法を参考にしてください(先に上司としての自分の価値観を知ることが大切ですので、自分でこの方法を試してから部下に実施してください)。

まず次の図表に書かれている単語に目を通してください。自分が大切にしている価値観としてしっくりくるものを10個選んでください。リストにない場合は、自由に付け足してください。

次に、選んだ10個の価値観から上位5個を特定して、順位付けしてください。

最後に、以下の質問に答えてください。

・なぜ5つの価値観がその順位になったのか、背景や理由を説明してください

・現在の職務を遂行するに当たってどの価値観が支えになっていますか

・自分の仕事に対して、選んだ価値観がどのように反映されていますか

・自分の行動と価値観の間に、何か矛盾や対立が生じたことはありませんか

・自分の価値観は、今後のキャリアにどのような影響を及ぼしそうですか

こうした質問によって部下の価値観およびその価値観が形成された背景などを知ることができます。部下のパフォーマンスを生み出す元となるコミットメントを高めるため、その価値観にできるだけ適合するような仕事を設計する一助としてください。

部下が会社に居続ける理由を聞こう
部下育成の前提として、部下に対するエンゲージメントの重要性についてはすでに述べた通りです。具体的なエンゲージメント・スキルとして、まずやるべきことは、「知る」ということでした。その「知る」対象は、まず自分について。そして相手である部下を「知る」という順番になります。

さて、部下を「知る」ために1対1でインタビューを行う際のポイントは、次の4点です。

1.部下が何を重視しているのかを知ると同時に、彼らの仕事の内容を理解する

2.部下が抱く展望、キャリア向上への強い願望、キャリア開発への要望などを知る

3.時間をかけてでも個々の人物を理解する

4. 部下が自分の意見を十分に発言し、重要な問題を快く話し合うことができるように、相手に応じて話の切り出し方などアプローチを調整する

こうしたポイントを踏まえ、部下を知るために行う質問のうち、エンゲージメントを高めることを狙いとした質問例を挙げてみます。

「あなたが担当する職務のうち、どの要素に最も情熱を感じますか」

「あなたが担当する職務を、より魅力的なものにするために、私にできることは何でしょう」

「あなたが成長するために役立つような経験を積むために、私に対してどのようなサポートを望んでいますか」

「今年はどのようなことを身に付けたいと思っていますか」

「仕事の楽しみややりがいを高める要素を1つ挙げるとすれば何ですか」

「あなたは自分が望むような方法で『認められている』と感じていますか。どのように認められることが望ましいですか」

こうした質問を参考にして、部下と1対1のインタビューを行ってください。こうしたインタビューは、部下が「会社に居続ける理由」を尋ねることが趣旨になるため、英語では「Stay interview」と呼ばれます。

部下の育成ニーズを把握! 世界基準の「理論」とは
日本企業ではほとんど知られていない一方、世界基準として知られている理論の1つに「AMO理論」があります。

これはアッぺルバウムらが2000年に発表した理論で、高業績を挙げている職場のシステムを研究した結果、個人の業績は「A」「M」「O」の3つの変数による関数であるとしたものです。

方程式で表せば、P = f (A, M, O) となります。PはPerformance(業績)を、AはAbility(能力)、MはMotivation(やる気)、OはOpportunity(機会)を表します。この3つの変数についてのポイントは次の通りです。

・アビリティー……その職務を果たすのに必要なスキルや知識を持っているか

・モチベーション……その職務をしたいというやる気や熱意があるか

・ オポチュニティー……仕事をするために必要な支援が得られるような職場環境が整備されているか(例えば、問題が起きたときにそれを聞き入れてくれる窓口があるか、対処するためのテクノロジーが備わっているか、能力を発揮する機会があるかなど)

AMO理論を部下育成に適用すると、対象者の育成ニーズを明確にすることができるため、管理職研修において部下育成のセッションを行うとき、私は必ずこのAMO理論を紹介し、演習を行います。

演習の一部を以下に紹介しますので、自分の部下に当てはめて考えてみてください。

1.部下を業績という切り口でランク付けし、最上位者と最下位者を特定してください

2. 最上位者をさらに成長させるために、AMOの3要素のうちカギとなるものを1つ特定し、その具体策を立ててください

3.最下位者を標準レベルまで引き上げるために、AMOの要素のうちカギとなるものを1つ特定し、その具体策を立ててください

このプロセスによって、AMO理論によって部下の育成策を考える手掛かりを得ることができます。

部下が複数人いる場合は、もちろん全員について同様のプロセスにより、育成策を練ることが大切です。しかし、優先順位には気を付けてください。その作業に取り組む優先順位は、「最上位者→最下位者→上位20%の人→下位20%の人→中位者」とすることが重要なポイントです。

チームの業績に影響を及ぼす「組織能力」という観点から考えると、この順序で育成策を練ることが大切であり、最上位者から最下位者まで順々に考えていってはいけません。

最上位者として考えられる部下が転職などでいなくなったら、チームとしての組織能力や業績に多大な影響を及ぼします。であるならば、育成策についても最初に時間を掛けて考えるのが当然です。

「最下位」の人を後回しにするな
次に組織の能力や業績に対して影響を及ぼす存在は、最下位者です。ボトルネックという言葉が示すように、何とか対処しなくてはならない対象者です。組織のスピードは、その構成員のうち最もスピードが遅い人に合わせざるを得ません。

チームとしての業績の足を引っ張る存在にきちんと対峙(たいじ) し、その業績を改善させるのは上司としての役割です。当然のことですが、こうした人を煙たがって放置したり、異動という手段でたらい回しにしたりしてはいけません。

もし育成策を最上位者から順々に考えると、最下位者の育成策を考える順番は最後になってしまいます。これが、最下位者の育成策がおざなりなものとなる1つの要因になっているケースが多く見られます。

世界基準では、先に述べた順番で人事評価を行い、その中で育成策を考えるのが当たり前になっていますので、参考にしてみてください。

また、AMO理論を育成策に適用するとき、「AMOという3つの切り口のうち、1つに絞って考える」ということも大切なポイントです。

とかく私たち日本人は、「全てが大事」と思いがちで、優先順位を付けることが苦手です。しかし、部下育成については特に、一点突破の思考が大切です。3つの要素について万遍なく改善しようとすると、焦点がぼやけてしまい、結果は何も変わらないことになります。

部下自身が、1つずつ着実に変化を実感できるようにしてあげることが成功の秘訣です。部下のAMOそれぞれに対してアプローチする場合も、優先順位を付けて取り組んでください。

部下の習熟度、どう見極めるか
AMO理論を適用して、部下の育成ニーズについて大まかに分析ができたら、次はもう少し細かな分析に移ります。

ここでは、部下が担当する職務(Job)を構成する課業(Task)レベルで分析する方法を紹介します。これも世界基準として定着しているケン・ブランチャードの「状況対応リーダーシップII」(SLII)の考え方を援用して述べていきます。

1つの職務は通常、複数のタスクによって構成されています。そのタスク毎に、部下のコンピテンス(発揮している能力、知識、技能)と、コミットメント(意欲、自信)の度合いを4段階で評価します。

例えば、中堅社員として活躍している部下のA君がいるとします。現在担当している職務を構成する全てのタスクについて、彼は大変よく習熟しているとします。

そこであなたは上司として、彼に新たに2つのタスクを追加して担当させることにしました。従来担当してきた習熟度が高いタスクについては、あなたはすでにA君に対して承認権限を委譲しています。だからといって新たに追加したタスクについても権限委譲して良いとは限りません。

A君にとって新たなタスクは、未経験であり、難易度もそれなりに高いものであるとしたら、習熟度は初心者レベルですから、あなたは指示・命令を出す必要があります。

やがてA君はその新しいタスクについても習熟してきたとします。そうしたらあなたはその習熟度合いを見極めて、対応の仕方も変えなければなりません。つまり、部下への対応の仕方や育成のための基本的アプローチは、部下が担当するタスク毎の習熟レベルによって、タスク毎に変えることになります。

A君の習熟度が上がってきたら、従来の「指示」から「コーチング」へ、そして「支援」「権限委譲」へと4つの異なる対応が上司として求められます。

1人の部下について、全体感として評価することも大切ですが、いざ具体的に部下育成に取り組もうとしたときに、何から手を付けて良いのか分からなくなる場合があります。そのようなときは、AMOによる分析をするとともに、部下が担当する職務について、それを構成するタスク別に分析・評価するというアプローチも取り入れてみてください。