担当者も気が動転して…宝塚市に「254億円」を寄付した老夫婦は、一体何者だったのか

〈あまりの金額に担当者が緊張し過ぎています〉
市民から巨額の寄付があったことを報告する兵庫県宝塚市の公式SNSの投稿は、うろたえていた。
寄付総額は約254億円――気が動転するのも当然か。
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取材が殺到し、記者会見まで開かれた
宝塚市が市内在住の元会社役員・岡本光一さん(77)、明美さん(75)夫婦からの寄付を公表したのは2月3日のことだった。
「あまりにも大きな額だっただけに、岡本夫妻には取材が殺到し、記者会見まで開かれた。老朽化した市立病院の建て替えに400億円の費用がかかることを知った夫妻は、市民のためになればと建設費に250億円、医療機器の購入費に4億円のポケットマネーを寄付することを決断したそうです」(社会部記者)
夫妻は元キーエンスのパワーカップル
あるところにはあるものだが、なぜ岡本夫妻はこれほどの額を寄付できるのか。夫妻の知人が語る。
「光一さんはキーエンスの元常務取締役。明美さんも同社の社員でした」
キーエンスといえば、滝崎武光氏が創業した大手電子機器メーカーで、売上高は9600億円超、時価総額は15兆円を超える日本有数の大企業。社員の平均年収が2000万円を超えることでも有名だ。
「光一さんはキーエンス株の1.21%を保有し、16年までは個人として滝崎氏に次ぐ大株主だった。売却していなければ、現在は300万株弱を保有しているはずで、資産価値は1862億円ほど。2024年3月期の配当は1株300円だったので配当だけでも年に9億円近くが入ってくる計算です。他にも、市内の邸宅をはじめ、県内外に複数の不動産を所有しています。夫婦の資産総額は2000億円を超えるかもしれません」(同前)
価千金のキーエンス株の大量保有者なのにはわけがある。実は岡本夫妻は、創業間もない時期のキーエンスに入社し、同社の発展の礎を築いたパワーカップルなのだ。当時を知る元キーエンス社員が振り返る。
「明美さんは滝崎さんの次に入社した『2番目』の社員、光一さんはその次に入社した『3番目』の社員なんです。その頃は、明美さんが経理など総務全般、光一さんが開発を担っていました」
現在はグループ全体で1万2000人以上が働く大企業だが、当時の従業員は滝崎社長以下わずか数名だった。
当時の会社での役回り
「明美さんはお金には厳しく口うるさい人でしたから、光一さんはしょっちゅう怒られていました(笑)。入社後しばらく経ってから2人は結婚し、その後明美さんは退社。光一さんはずっと開発畑で、自動車や家電製品などあらゆる分野の工場で使われるセンサーの開発などに携わっていました。当時は人もいなかったから、開発だけじゃなく製品の検査や出荷まで何でもやっておられた。社長が営業で外回りをしていることが多かった分、部下の面倒はよく光一さんが見ていた。私も専門的なことを教わりました。いわゆる『技術屋』で、真面目な性格でした」(同前)
ボランティア活動に惜しみなく私財を使ってきた
光一さんは会社の上場を見届けたのち、1994年に退職。95年の阪神・淡路大震災を機に、「会社員時代から社会貢献に関心が高かった」(同前)というボランティア活動を本格的に始めた。99年には宝塚市内に財団法人「プラザ・コム」を設立(2010年に公益財団法人へ移行)。ボランティア施設の建設に37億円を投じるなど、活動の輪を広げるために惜しみなく私財を使ってきた。
ボランティア仲間が語る。
「光一さんの得意分野は日曜大工で明美さんは手話。毎日のように『プラザ・コム』に顔を出し、運営に関わるこまごまとした出費にも対応していたとも聞いています。明美さんは、気さくな関西のおばちゃんという印象でした。数十年、仲良くされているだけあって、とても素敵な夫婦ですよ」
今年度末をもって、「プラザ・コム」は解散し、事業は宝塚市などへ継承する予定だった。その話し合いの折、250億円の寄付の話がついたという。
「光一さんの愛車は軽自動車のジムニーだったし、服装にも無頓着。お金があるからいい生活をすればいいのにと思っていたけど、質素な生活ぶりは変わりませんでした」(前出・元社員)
宝塚市は夫妻に頭を下げとくしか、ない。
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2025年2月20日号)