[終わらぬ混迷 兵庫内部告発1年]<2>
兵庫県の内部告発問題を調査する第三者委員会は3月19日に公表した調査報告書で、知事の斎藤元彦によるパワハラの背景について、「コミュニケーション不足」や「同質性」という言葉を使って説明した。
斎藤の就任前、県は約60年間、副知事経験者が知事の座を占め続けていた。斎藤は大阪府財政課長などを歴任したが、同県での勤務経験はない。2021年8月、同県では戦後最年少の43歳で知事となった斎藤が頼ったのが、総務官僚時代からの旧知の面々だった。
斎藤は就任直後、直轄の新組織「新県政推進室」の設置を発表。室長の小橋浩一、次長の井ノ本知明らは東日本大震災の復興支援で宮城県へ派遣された際、出向中の斎藤と知り合い、その後も交流があった。
斎藤は推進室メンバーに県の要職を兼任させた。報告書は、「(斎藤は)推進室のメンバーとコミュニケーションを密にし、メンバーを通じて他の職員に考えを浸透させようとする傾向が強かった」とする。
前知事の井戸敏三は、職員が報告事項などをまとめた文書にコメントを付けて返却することで幅広い職員と意思疎通を図っていたが、斎藤がコメントを付けることは少なかったという。幹部を集めて2週間に1回開かれていた「政策会議」も、斎藤の就任後は頻度が減り、23年度は不定期になった。
斎藤と側近以外の職員との「行き違い」は、早くから起きていた。
報告書によると、知事就任から1か月後の21年9月、自身の知らない案件が新聞で報道されたことに怒った斎藤は、知事室で担当局長と課長に「県として意思決定していないことを先に出すのはよくない。許せない」と机をたたいて叱責(しっせき)した。机をたたく「ドン」という音は、隣の秘書課まで届いたという。
しかし、報道された案件は前知事時代に協議されてパブリックコメントも経ており、「県として意思決定していない」というのは、斎藤の誤解だった。
パワハラ認定された事案は、職員が「理不尽」と感じるものが多かった。ある県幹部は読売新聞の取材に、「知事は人の意見を聞き入れないので、議論が難しい。『結論ありき』の姿勢で、職員はモチベーションを失っていった」と振り返る。
第三者委は報告書で、「コミュニケーションの不足は、認識のそごを生じさせた。知事のいらだちの原因の一つとなり、職員に対するパワハラと不適切な言動につながった」と記した。
新県政推進室は23年3月末に廃止されたが、斎藤は翌4月に幹部職員とのチャットを始め、側近との密なやりとりは続いた。
報告書によると、同年4~12月の間、斎藤が平日午後8時以降に関与したチャットのやりとりは38回(災害など緊急時を除く)。最も遅いものは午前3時40分で、土日祝日のやりとりも16回あった。
斎藤は「スピード感」を重視すると公言しており、小橋や井ノ本ら側近は指示があると、深夜や休日でも「承知しました」「すぐ取りかかります」と従った。叱責を受けると、理不尽でも反論せず、「申し訳ありません」と謝罪した。
第三者委は夜間や休日のチャットについて、「過度の精神的負担を与えるものも相当数ある」としてパワハラと認定。側近が斎藤と同じ考え方をする「同質性」が次第に強まり、「知事にパワハラや不適切な言動があっても、いさめることはほとんどできない集団になってしまっていた」と指摘した。
斎藤は3月19日、報告書について「大変重く受け止める。ハラスメントのないよう、しっかりやっていく」と述べた。
幹部職員の一人は取材に対し、斎藤は最近、夜間や休日のチャットはほぼゼロになり、職員が政策を説明する「知事レク」で声を荒らげることはなくなった、と明かした。「知事はパワハラにかなり気を付けており、県政の停滞も感じない」と話す。
一方で、ある若手職員はこう打ち明けた。「職員との関係を良くしようという気配は、今も感じられない。もうみんな諦めて、淡々と仕事をこなしている」(敬称略)
幅広い声を聞くこと必要
太田肇・同志社大名誉教授(組織論) 一部の側近だけで県政を引っ張ろうとすることには無理があった。新たな県政を進めるなら、管理職から若手まで幅広い職員を登用し、自由に意見できる雰囲気をつくるべきだった。しかし、側近を通じたトップダウンの手法に頼った結果、職員が萎縮(いしゅく)して知事に本音を言えなくなり、組織内の自浄作用が機能しなくなったと考えられる。今後は、謙虚な姿勢でさまざまな職員の話に耳を傾けるというプロセスが欠かせない。