病院や施設の面会制限、まだ必要? ペットはOKなのに孫はNG、コロナ5類から2年の現在地

新型コロナウイルスの感染症法上の位置付けが「5類」になってから5月で2年がたったが、病院や介護施設の多くでまだ面会制限が続けられている。「親の死に目に会えなかった」「ペットは面会OKなのに、孫はダメと言われた」。愛する家族に最後に会えなかった人たちは、納得できない思いや心の傷を抱え続けている。「『おかしい』と声を上げよう」。医師や学者たちがそう呼びかけている。(共同通信=市川亨)
▽感染リスクは同じなのに「一時外出したらOK」
妻(左)の母親が亡くなった病院の面会制限について話す感染症内科医の須賀祐介さん(仮名)=4月
「まだこんな厳しい面会制限をしているのかと、びっくりしました」 首都圏の医師、須賀祐介さん(36)=仮名=は自身の体験をそう話す。 須賀さんは感染症内科医。コロナ禍の際は東京都内の総合病院で対応に当たった経験がある。「内科医の端くれ」と名乗り、SNSで医療情報や自身の意見を積極的に発信している。
須賀さんは、妻の母親が今年1月からがんで秋田県内の病院に入院。4月中旬に亡くなったが、面会は当初「登録した家族2人だけ」と言われ、実の娘である妻も会えなかった。 義母は3月に緩和ケア病棟に移り、面会制限が緩和されたため、自分たちの幼い子どもを連れて秋田へ。「これが最後かもしれないので、孫に会わせてやりたい」と病院にかけ合ったが、「子どもは感染リスクが高いのでダメ。ルールはルール」と許可されなかった。 ところが、粘っていると「一時外出したら、誰とでも会っていい」と言われ、急きょ介護タクシーを手配して義母の実家へ。孫や友人とも面会がかなった。
▽厚労省は明確な規定を設けていない
厚生労働省が入る合同庁舎=5月、東京都千代田区
ただ、須賀さんは釈然としない。「『感染リスクがある』と言うのなら、病院の中と外どちらで会おうが、同じだ。意味が分からない」 しかもペットの面会は可能で「犬や猫が会えるのに、孫が会えないというのは何なのか」と首をひねる。 「現場にしてみると『面会はない方が楽』という面もあるのだと思う。でも、療養中の高齢者にとって、子どもや孫に会えるかどうかは生活の質に関わる」。そう指摘する。
そもそも、面会について国で決まりなどは定めていないのか。2023年5月にコロナが5類になった後の同年10月、厚生労働省は医療機関向けに次のような見解を示している。 「面会の重要性と感染対策の両方に留意し、患者及び面会者の交流の機会を可能な範囲で確保するよう、各医療機関で検討をお願いします」 面会を促してはいるものの、要するに「具体的なことはそれぞれで決めてください」ということだ。
▽子どもの年齢は線引きがバラバラ
面会制限について知らせる病院のホームページ=6月9日
医師らでつくる「コロナ後の医療・福祉・社会を考える会」が昨年秋、全国の大学病院と赤十字病院の状況を調べたところ、ほとんどが「面会は15分まで」「2人まで」などと何らかの制限を設定。「面会禁止」の例もまだあった。 今年5月1日の状況を再調査すると、ある程度は緩和されていたが、それでもまだ数カ所、面会禁止が残っていた。子どもに関しては依然「面会不可」の病院が多い。ただ、その対象は「小学生以下」「中学生以下」などとバラバラだ。
考える会の共同代表で精神科医の高木俊介さんはこう指摘する。「年齢の線引きが統一されていないことが、いかに科学的根拠がないかを表している。病院が恣意的に決めているのが実情だ」
▽医療のルールが社会の道徳になっている
面会制限についてのシンポジウムで話す「コロナ後の医療・福祉・社会を考える会」の共同代表で医師の高木俊介さん=5月24日
考える会は5月下旬、面会制限について考えるシンポジウムを京都市で開いた。冒頭の須賀さんも登壇し、「面会制限が厳しいほど、患者のその後の状態が悪化することが、これまでの研究で示唆されている」と話した。 海外の状況も発表。欧米の主要な病院では人数制限はあるものの、時間や子どもについては制限していないことを報告した。「患者にとって重要だとして、むしろ面会を勧めている」と、日本の対策が過剰であることを訴えた。
「コロナ後の医療・福祉・社会を考える会」共同代表で医師の岩井一也さん
考える会のもう一人の共同代表で医師の岩井一也さんは、自身が感染管理室長を務める静岡市立静岡病院の対応を紹介。コロナ禍の時から、ごく一時期を除いて面会制限はしていなかったという。マスク着用も求めていないが、他の病院と比べて感染状況に差はないと説明した。 岩井さんは指摘する。「入院中の患者が大切な人と面会するのは重要な権利だ。ただ、患者や家族は『お世話になっている』という気持ちがあり、言いにくい」 制限は徐々に緩和されてはいるが、「病院側の裁量による緩和だと、感染状況などによってまた厳しい形に戻ってしまう恐れがある。国民が声を上げるべきだ」と話している。
シンポに招かれて講演した人類学者の磯野真穂さんは、こう話した。 「コロナ禍でマスクの装着が道徳心の象徴になったように、医療のルールが社会の道徳になってしまった。その結果、『医師や病院が決めたルールは、根拠が不明確でも従うべきだ』という考え方が知らず知らずのうちに浸透している。面会制限は社会の慣習行動になりかけている」 その上で問いかけた。「身体を伴う出会いは私たちの基本的な人権です。終末期だけ会わせればいい、という話ではない。そういう文化を未来に残したいですか」
▽取材後記
私はコロナ禍真っ最中の時から厳しい面会制限に違和感があった。対面での面会を貫く老人ホームの話を記事にするなど、疑問を投げかけてきた。短時間の面会にそれほど感染リスクがあるだろうか。そもそも、感染者を責める風潮もおかしいと思っていた。 実は私も今年2月、冒頭の須賀さんと同じような体験をした。妻の母が老人保健施設で亡くなったのだが、最期の瞬間はおろか約4カ月間、一人娘である妻も私たちの子どもも会わせてもらえなかった。 最期も面会不可だった理由は義母が発熱していたから。「妻たちが」ではない。須賀さんは自身の経験について「意味が分からない」と言ったが、私もやはり意味が分からなかった。