ドッグランで愛犬を遊ばせていたら、ほかの大型犬にぶつかられてけがをした-。兵庫県尼崎市の男性がこう訴え、衝突した犬の飼い主に過失責任に基づく損害賠償を求めた訴訟で、大阪高裁は6月、1600万円超の支払いを命じた。犬を自由に遊ばせるためのドッグランでは起こり得る事故ともいえ、利用者側にも注意義務があるため、1審は飼い主の責任を否定していた。控訴審での逆転勝訴を導いたのは、男性の妻が事故前に撮影していたある動画だった。
「動物占有者」の安全対策争点
ドッグランの中で駆け回る愛犬と、それを追いかける別の犬。2匹のじゃれ合いをほほえましく眺めていた男性が目をそらした瞬間、その犬が背後から男性の足にぶつかり、足をすくわれる形で転倒した。
これが高裁判決が認定した事故の経緯だ。衝突した犬は体重約28キロのゴールデンレトリバー。当時38歳だった男性は地面にぶつけたはずみで左肩の腱板を損傷し、動きが制限される後遺症が出たなどと主張して、神戸地裁尼崎支部に提訴した。
民法718条は、動物が他人に損害を与えた場合、占有者(飼い主)が賠償責任を負う「動物占有者責任」を定める。ただ「相当の注意」を払って管理していれば賠償責任は免責される。訴訟では飼い主が安全対策を取っていたか否かが争点となった。
飼い主「相当の注意払った」
今年1月の1審判決は、犬が走り回るというドッグランの特性上、利用者には周囲の犬の動きを注視し、衝突を避ける義務があると指摘。原告男性は事故当時、犬から目をそらし、こうした義務を果たしていなかったと判断した。
一方で「必要な場合につけられるようリードを持ちながら、犬から数メートルの距離にいた」と説明した飼い主の証言は「信用できる」と認定。「犬の動静について相当の注意を払っていた」として飼い主の過失を認めず、男性の訴えを棄却した。
男性側はこれを不服として控訴。2審では「妻のスマートフォンから見つかった」という動画を新たに証拠提出した。
動画に記録されていたのは、事故前に愛犬と相手方の犬らが追いかけっこをしていた十数秒のシーン。この動画によって裁判所の見方は一変することになる。
「離さず持っていた」はずのリード、テーブルに…
動画には、逃げる愛犬を追いかける犬が男性の足にぶつかりそうになり、男性が横にずれて回避する場面があった。
このシーンの直前に写り込んでいたのが、飼い主が離れた場所の椅子に座り、腕を組みながら犬の追いかけっこを眺める様子だった。離さず持っていたはずのリードは、テーブルの上に置かれていた。1審が認定した飼い主の行動とは食い違う映像だった。
本件事故の直前に男性にぶつかりそうになっていたことも、飼い主の過失判断において重要な意味を持った。
高裁はこのシーンを踏まえ、基本的なしつけがなされた温厚な性格の犬でも、ドッグランで遊びに夢中になれば人に衝突する危険があることを、飼い主において「具体的に予見できた」と認定したのだ。
「具体的に予見できた」原告が逆転勝訴
そして危険を回避するには、犬にリードをつけたり一時的に退場させたりして興奮を落ち着かせるか、「おいで」「止まれ」と叫んで制止するほかないと指摘。飼い主は犬を過信してこうした措置を取っておらず、「通常払うべき程度の注意義務を尽くしていたとは認められない」と判断した。
そのうえで、ドッグラン内での犬の走行速度は時速11・7キロ以上だったと別の動画から算定。犬の体重や速度を踏まえると「軽微な接触とはいえない」として、けがと事故との因果関係を認め、犬から目をそらした男性側の過失も考慮して、損害額は1600万円超になると結論づけた。
ペット保険、日本は低水準
一般社団法人「ペットフード協会」によると、犬の飼育頭数は全国で約680万頭に上り、こうした事故は決してひとごとではない。今回のドッグランではその後、事故やトラブルが絶えないとして大型犬の利用を制限する事態にもなった。
飼い主には重い責任が付きまとい、散歩時やドッグランで遊ばせる際には安全対策が必須だが、それに加え、個人賠償責任保険やペット用保険に加入するという選択肢もある。
各種調査によると、国内のペット保険加入率は20%ほどとされ、「ペット保険先進国」のスウェーデンなどと比べると低い水準にとどまる。通常はペットの病気やけがの治療費を補償するが、保険会社によっては、ペットが人にけがをさせて賠償責任が生じた場合に備える「賠償責任特約」をつけることもできる。(藤木祥平)