広島への原爆投下から80年を迎えた2025年8月6日、広島市の平和公園で行われた平和記念式典での、石破茂首相の式典あいさつがSNSで注目を集めている。
「太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり」
6日午前8時から行われた平和記念式典には、被爆者や遺族らに加え、過去最多となる120の国と地域の大使を含むおよそ5万5000人が参列した。
SNSで注目を集めたのは、石破氏による式典あいさつだ。例年、首相の式辞では原子爆弾による被害の凄惨さや核兵器を取り巻く現状、核廃絶の訴えについて語るもので、形式的な内容にとどまることが多かった。
しかし、石破氏はあいさつの結びで広島県出身の「被爆歌人」正田篠枝さんの短歌を引用した。
広島平和記念資料館が公開している資料によると、この短歌は、原爆の劫火の中で、教師を頼りながら死んでいった児童・生徒と、彼らを気遣いながら死んでいった教師の無念さを表現したものとされる。
正田さんは広島県安芸郡に生まれ、爆心地から1.5キロメートルの自宅で被爆した。被爆当時の情景や自らの体験、親戚や知人、友人らの悲惨な被爆の様子を短歌に詠み、1947年にはGHQによる検閲をかいくぐり歌集『さんげ』を秘密裏に出版。当時の記録には、歌集について「死刑覚悟で出版した」とつづられている。
「能動的にその記憶というものを継承する努力、深めていかねば」
石破氏は式典後の記者会見で、「本日の感想と言いますか、感想という言葉は軽くていけないのですが……それは最後に引用いたしましたあの歌に全て尽くされていると私は思っております」として、この歌を引用した意図について語った。
時間とともに記憶が風化するのは避け難いことだとしつつ、「能動的にその記憶というものを継承する努力というものは、さらに深めていかねばならない、強めていかねばならない」と訴えた。
林芳正官房長官も同日の会見で、「石破総理は被爆80年が経過し、実際に戦争や被爆を経験された方も減る中にあり、戦争の悲惨さ、原子爆弾の被害の過酷さ。これを決して風化させることなく、記憶として継承していかなければならない。そういった強い思いをあいさつに込められた」とその意図を説明している。
教師と子どもたちの無念をたどる一首に託された追悼の言葉。80年という節目を迎えた今回の式典では、被爆の「風景」を想起させ改めて「継承」の意味を問いかけるものとなった。
SNSでは、「涙が止まらない。石破さんが総理として自らの言葉で編んだもの。当たり前とは言え、感動しました 」「手放しで称賛する気はないけれど、それでもやはり国のトップが『太き骨は先生ならむ そのそばに 小さきあたまの骨 あつまれり』という短い文字列を読んで、その悲嘆、絶望、哀惜を感じ取れる人でよかったと思う 」といった声があがっている。