「このドラマはNHKスペシャルの枠で放送されました。日本で最も権威あるドキュメンタリーとして、周知されている番組です。それがあのようなエンタメドラマを流し、史実を歪めていいのか。歴史を描くとき、越えてはならない一線があるのではないか」
元外交官で国際政治アナリストの飯村豊氏はこう憤る(「 戦後80年 NHKスペシャルは歴史の冒だ 」、「文藝春秋」10月号及びウェブメディア「 文藝春秋PLUS 」掲載)。
史実とは正反対の描き方をされていた
「このドラマ」とは、今年8月16日、17日の二夜にわたってNHKで放映された『シミュレーション~昭和16年夏の敗戦~』のこと。
猪瀬直樹氏のノンフィクション『昭和16年夏の敗戦』を原案としたドラマで、1941年に総力戦研究所に集った日本の若きエリートたちが太平洋戦争開戦のおよそ5カ月前に日米戦争の机上演習を行う過程が描かれている。「必敗」の結論は、東條英機陸相や近衛文麿首相ら、当時の政府や軍のトップに報告されたものの、その後の日本の針路を変えることはできず、太平洋戦争に突き進んでいった。
飯村氏がこのドラマで問題視しているのは、総力戦研究所の所長を務めていた飯村氏の祖父で陸軍中将の飯村穣(1888~1976)が、史実とは正反対の描き方をされていたことだ。
ドラマの中で「板倉大道」とされている所長は、アメリカとの戦争を準備していた政府と軍にとって都合の悪い机上演習の結果を出さないように、若きエリートたちにあの手この手で圧力をかけ、妨害をする。しかし、実際にはそのような事実はなく、飯村穣は自由闊達な議論がなされるように努めていた。
NHKに抗議…その後の対応は
ドラマの内容を放映の約1カ月前に知った飯村氏は、NHKに抗議。制作担当者との数回の交渉を経て、冒頭に「これは『昭和16年夏の敗戦』(猪瀬直樹著)を原案に創作を加えたドラマです 総力戦研究所の所長および関係者はフィクションとして描かれています」というテロップを加えるなどの措置が取られた。
NHKの対応に対して、飯村氏は次のように語る。
「ご覧になった方は『いったいこのドラマは何なんだ。史実なのかフィクションなのか』と混乱されたのではないかと思います」
「ドラマそのものが変わらないのでは、小手先の対応と言うほかありません」
NHKとの緊迫したやりとりや飯村氏による「歴史の伝え方」をめぐる問題提起は、「文藝春秋」10月号及び、ウェブメディア「 文藝春秋PLUS 」に掲載されている。
(「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2025年10月号)