前橋市長のラブホテル問題はなぜ注目されるのか? 進退決断が後手、議会の辞職要求やまず、SNSに“加工”性的動画も

2025年9月下旬、私(記者)はスマートフォンで見たニュースに目を疑った。前橋市の小川晶市長が「多数回にわたって部下である市役所幹部の男性とラブホテルに通い詰めていた」という。 この日の夜、小川氏は臨時記者会見を開き、2月ごろから市職員の既婚男性とホテルで10回以上面会したと認めた。一方で、男女関係は一切否定。その場で出処進退を明言しなかったため、市議会やメディアが説明責任を果たすよう再三求めた。 10月中旬になって小川氏は続投する意向を正式に表明した。その時、既に3週間が経過していた。引き換えに給与半減を打ち出したものの「期待外れ」(中堅市議)に映り、議会の反発はかえって強まった。 苦情電話が市に殺到し、SNS(交流サイト)上には小川氏の過去の言動をやゆするような投稿があふれた。中には生成AI(人工知能)を使った性的な動画も散見された。

なぜここまでホテル問題が注目されるのか。その理由は主に三つに集約できる。まず、政治状況を踏まえた小川氏への高い注目度が背景にあり、そこに危機管理のまずさや、SNSといった要因が重なっていったのではないか。現場で小川氏を取材する記者の1人として、ひとつずつ、ひもといていきたい。(共同通信=赤坂知美)
▽「保守王国」の女性市長
前橋市長選で初当選を決めた小川晶氏=2024年2月4日、前橋市
そもそも前橋市長の小川晶氏とは、どんな人物なのか。1982年生まれ、千葉県出身。司法修習で訪れた前橋市が気に入り、市内の法律事務所で弁護士として働き始めた。2011年からは群馬県議となり野党系会派で4期務めた。 2024年2月の前橋市長選でクリーンな市政を掲げて初当選。当選確実の一報を受け、市内の事務所で「市民の勝利だ。新しいステージの一歩を踏み出すことができた」と意気込みを語った。
この当時、社会で耳目を集めていたのが自民党派閥裏金事件だ。その影響で、前橋市長選の行方が注視されていた。野党系県議だった小川氏の相手は、自民、公明両党の推薦を得た前市長。その選挙で小川氏は約1万4千票の大差をつけ、圧勝した。 群馬県は福田赳夫、中曽根康弘、小渕恵三、福田康夫各氏の計4人の首相を輩出した地で、保守地盤が強い。「保守王国」と呼ばれているだけに、政界関係者に衝撃が走った。
市職員から贈られた花束を手に笑顔を見せる前橋市の小川晶市長=2024年2月28日午前、前橋市役所
加えて、小川氏は1892年の前橋市制施行以来、132年で初の女性市長となった。子育て支援施策の拡充をはじめ、これまでの市政を刷新してくれるのではないか―。こうした期待感は市民や市議会からも高かった。
だからこそ、ホテル問題が発覚した際のマイナスイメージとの落差は大きく、市民や市議から失望の声が上がったのは言うまでもない。 30代女性(2児の母)「小川氏が取り組んだ給食費無償化は、ママ友の間でも評判が良かった。正直がっかりだ」 若手市議「議会の質疑で過去の答弁を参照するなど、しっかり勉強している印象だった。小川氏が辞職して出直し市長選を行わない限り、市民の信頼回復は困難だろう」
▽ホテル問題とは?
臨時記者会見で陳謝する前橋市の小川晶市長=2025年9月24日、前橋市
次に「ホテル問題」について記したい。一連の経緯は次の通りだ。

ニュースサイト「NEWSポストセブン」が9月24日、冒頭で紹介したように報道した。この日のうちに小川氏は臨時記者会見で、2月ごろから10回以上、男性職員とラブホテルで会ったと認めた。自身は未婚で、男性が妻帯者と認識しながら「公私にわたる相談に乗ってもらっていた」。男女関係は全くなかったとも訴えた。職員と会うまでに公用車を使用したケースもあったという。 この会見から1カ月間で、市への苦情を含む問い合わせ電話は1万件超に上り、小川氏が通常の公務を欠席するといった事態が続出した。市政の停滞と混乱を招き、市議会からは出処進退や説明責任を問う意見が相次いだ。
その後、小川氏が10月17日、市長続投と給与5割削減の意向を記者団に表明した。これに対し、市議会の8割超を占める7会派は市長に、直ちに辞職して出直し市長選で民意を問うよう要求した。さらに7会派は11月13日、市長が辞職しない場合は、27日に招集される市議会定例会初日を念頭に不信任決議案を提出する方針を小川氏に申し入れた。
▽後手の対応
前橋市の小川晶市長(左)に申し入れ書を手渡す市議ら=2025年10月3日、前橋市役所
政治家の不祥事やスキャンダルが露呈した場合、危機管理能力が問われる。具体的には次の二つだ。 (1)有権者や議会、メディアに説明責任を果たそうとする態度。真摯で誠実な対応かどうか。 (2)出処進退や自身へのペナルティーに関する決断力。置かれた状況を見極め、早急に判断できるかどうか。 今回のホテル問題で小川氏が後手に回った感は否めない。
小川氏が市長給与半減と続投の意向を明言したのは、9月24日の問題発覚から23日後。小川氏はそこで「この数週間、自分自身を省みる時間となり、職責の重さを改めて感じた」と述べ、市議会や市民に理解を求めた。とはいえ、議会からは「進退の判断が遅く、続投は納得できない」との批判が噴出。事態収拾には程遠く、市政運営の先行きは不透明さを一層増した。
議会側が不満をため込んだのには、伏線がある。10月3日、議会全10会派が市役所庁舎内の会議室を訪れ、早期の出処進退を促す申し入れ書を共同提出した時の出来事だ。小川氏は文書を受け取ると、各会派の代表者が退出するのを待たずに、先に部屋を離れてしまったのだ。一連の対応に、ベテラン市議の一人は「議会軽視も甚だしい。残念だ」と憤った。
▽取材側も不信感増幅

小川氏の取材対応がメディア側の不信感を増幅させた面もある。小川氏は10月17日の続投表明まで、記者団が囲む形の「ぶら下がり会見」に2度応じた。しかし、9月26日と10月2日のいずれも、開始直前に、市側が質疑なしで打ち切る旨を報道陣に通告した。自身の見解を一方的に話し終えて立ち去る小川氏。記者団から「質問を受けない理由は」といった怒号に近い言葉が飛び交う場面もあった。 この対応について10月6日の定例記者会見で問われた小川氏は「報道の過熱状況を見ると、しっかり説明する場としてこうした記者会見の方が適している」と釈明した。ただ額面通りに受け取るわけにはいかない。定例記者会見で質疑できるのは、前橋市政記者クラブに加盟する新聞・通信、放送の計12社に原則限られるためだ。ホテル問題に火を付けた週刊誌や、在京民放テレビ局などは対象外となる。
嫌な質問をされるのはできるだけ避けたい―。こうした思惑が透ける。麗沢大の川上和久教授(政治心理学)は「(質問する)メディアを選別することは誠意に欠け、国民の知る権利に応えていない」と指摘する。その上で「言葉尻を捉えられ足をすくわれるとの危機感があるのだろう。国民は説明に納得しないかもしれないが、それでも説明するのが政治家の責任だ。逃げてはいけない」と強調した。
▽SNSでは…
記者会見する前橋市の小川晶市長=2025年10月6日、前橋市役所
小川氏が階段の踊り場で薄着姿になったり、男性に抱き付いたりする―。ともに生成AIで加工されたとみられる動画だ。ユーチューブやTikTok(ティックトック)で閲覧できる状態になっている。X(旧ツイッター)では、プライベートでの一人称が「僕」だと過去に明かした経緯から「ボクっ娘おばさん」との書き込みの他、ホテル面会が10回以上に及んだため「ラブホ通いすぎ市長」とやゆするような投稿も出てきた。
一つの情報が流れると、あっという間に拡散される。その中には真偽不明の情報や差別的な内容も多く、受け手側がうのみにしてしまう危険性もある。一連の問題を巡っては、SNSの負の側面もあらわになった。市民の反応はどうか。 60代女性「前橋市のイメージが急速に悪くなっている」 70代男性「孫には説明できない。家庭ではあまり話題にしないようにしている」
群馬大の藤井正希准教授(憲法学)は、小川氏が市長を辞職する必要はないとの認識を示す。分析によると、保守地盤が強い地域で誕生した野党系の女性市長、かつ市民からの人気も高かった小川氏は異性とのスキャンダルを抱えた他の政治家よりも注目されやすかったという。SNSについては「人格攻撃が多い」と話す藤井准教授は、書き込む側も投稿を読む側も冷静になってほしいと呼びかける。
▽取材後記
9月下旬の問題発覚後、社会的な反響は予想以上に大きかった。小川氏が女性ゆえに注目度が高いのか、男女関係に関することなら誹謗中傷されて当然なのか…。疑問に思いつつ、取材を続けた。一方、ホテル問題に対する危機管理意識の低さが、市政混乱に拍車をかけた側面は否定できない。小川氏が進退表明まで3週間超を要した結果、電話対応に追われた市職員は憔悴した様子だった。多くの市議は「なぜ即決できないのか」と受け止め、小川氏の政治家としての資質に疑問符を付けたとみられる。
小川氏は「市民の意見を直接聞き、信頼回復に努めたい」と繰り返すのみで、ほとぼりが冷めるのを待っているようにも見える。11月27日に市議会が招集される見込みだ。議会が辞職勧告決議案や不信任決議案を小川氏に突き付ける可能性が高い。辞職勧告決議を受け、小川氏が辞職し出直し選に立候補するのか。あるいは、もし不信任決議が可決されたら、議会解散に踏み切り、議会側と徹底抗戦するのか。いずれにしろ、小川氏が市民の信頼を取り戻し、職責を果たせるのかどうか。今後も丁寧に取材を続け、見届けたい。