安倍晋三元首相銃撃事件で起訴された山上徹也被告(45)の裁判員裁判が19日、奈良地裁(田中伸一裁判長)であり、山上家の長女で被告の妹が弁護側証人として出廷した。被告とともに、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)の信者である母親の下で生きてきた苦しみを打ち明け、「私たちは教団に家庭を壊された被害者です。徹也は絶望の果てにあった」と証言した。
被告には1学年上の兄と4学年下の妹がいた。3人は母親の教団への入信に批判的な「宗教2世」。兄は病気の末に自殺しており、妹は一家の境遇を最もよく知る人物の一人だ。前日の尋問では、自身が小学生の頃に母親が信者となり「私のことに無関心になった」と語っていた。19日も傍聴席から遮蔽(しゃへい)された状態で証言した。
「母の形をしているから突き放せない」
妹によると、教団への献金で一家は経済的苦境に陥り、長男が暴力を振るうようになった。大学進学の希望を絶たれた長男は「お前が献金したせいでこんなことになったんや、自由に決められんのや」と母親をののしり、包丁を振り回したり、火を付けて死んでやるとすごんだりしていた。
妹も大学に行きたいと母親に伝えた。しかし、「金なんかない。自分でどうにかしろ」とけんもほろろ。逆に、教団に財産をつぎ込んだ母親から金を無心されることも度々で、腕にしがみついた母を引きずりながら歩いたこともあった。
「必死の形相だった。恥ずかしく、惨めで、つらかった。本当は私に関心なんかないくせに親として偉そうに言ってきました。この人はもう母じゃない、母のふりをした旧統一教会の信者だと思いました」。ここまで言葉を吐き出し、続けた。「でも、母の形をしているから私は突き放せなかった」。妹は、静まりかえった法廷でむせび泣いた。
2015年に長男が自殺したことにも話は及んだ。被告は「生きていたらなんとかなるやろ」と号泣し、自宅に戻ってきた長男の遺体のそばを離れなかった。「俺のせいや」と自分を責めていたという。
公判に出廷した母親は長男の自殺後から被告と疎遠になったと証言していた。それは妹も同じだった。
16年のことだ。飼っていた猫が死んでしまい、被告に伝えた。すると、1人暮らしをしていた妹の自宅に被告がやってきた。それが事件前、最後に被告と会った記憶という。長男の死をきっかけに、被告が他者とのつながりを拒むようになった状況がうかがえる。こうした様子を確認した弁護人は「事件時のことを教えてほしい」と切り出した。
妹は「間違いなく兄だと思った。『特定の団体に恨みがあった』と聞いて旧統一教会と確信した」と振り返った。被害者が安倍氏だったことは不思議に思わなかったかとの問いには、「不思議に思いませんでした。母の部屋に安倍元首相が表紙の旧統一教会の機関誌がありました。信者の叔母から、選挙時に自民党の特定の候補に入れてほしいと言われたこともあります」と答えた。
「大好きなお兄ちゃん」
2人の兄の悲劇を防ぐ方法はなかったのか。妹は「親が(宗教に)入ってしまった場合の相談窓口を探したけど、そんなところはありませんでした。母は成人で、自らの意思で自らの財産を献金していたので、子どもの私たちが口出しすることは到底できませんでした。徹也は絶望の果てにあり、事件を起こしてしまった」と声を震わせた。
反対尋問で、検察側から被告との仲を聞かれると、ためらいなく「私にとって大好きなお兄ちゃんでした」と応じた妹。妹の声は被告にも届いていたはずだが、うつむいたままだった。【田辺泰裕、林みづき、木谷郁佳、喜多瑞輝】