令和4年7月の安倍晋三元首相銃撃事件で、殺人などの罪に問われた山上徹也被告(45)の裁判員裁判は、20日に初めての被告人質問が行われた。この日は弁護側が質問し、主に10~20代の出来事について述べた。語られたエピソードから浮かび上がったのは、人のために「自分をなげうつ」ことを選ぶという被告の行動原理。ただそれは「自暴自棄」と表裏一体のものでもあった。
黒のトレーナーに茶色のズボンで出廷した被告。裁判長から証言台に座るよう促されると、背中を丸めながらゆっくりと移動し、表情を変えずに着席した。「自分が45歳まで生きていると思っていたか」。冒頭で弁護側からこう問われると、とつとつと話し始めた。
「生きているべきではなかったと思う。このような結果になり、大変ご迷惑をおかけしていますので」
公判ではこれまでに、旧統一教会(世界平和統一家庭連合)に傾倒した被告の母親が入信などの経緯を証言し、妹は「宗教2世」としての苦しみを語った。弁護側はまず、これらの証言を聞いた感想を被告に尋ねた。
弁護人「母親の証言を聞いてどう思った」
被告「相変わらずだなと思った。非常にマイペースというか」
弁護人「証人として出廷したことについては」
被告「非常に辛い立場に立たせてしまった。母の信仰を理由として事件を起こしているので、責任を母も感じるところはあると思う」
弁護人「どんな母親だった」
被告「基本的には悪い人間ではないが、統一教会に関することでは理解しがたい面が多々あった」
弁護人「母親の入信についてどう思う」
被告「あれほど多くの献金さえなければよかったと思う」
弁護人「妹が出廷したことは」
被告「非常につらい思いをさせた」
祖父は包丁を持ち出し
母親が入信したのは、被告が10歳の小学6年の時。父親は4歳の時に自殺しており、母方の祖父と母親、兄、妹との5人で暮らしていた。母親は入信から約7カ月で計5千万円を教団に献金。被告が中学2年の時に、こうした状況が家族に明らかになり、「順調だった」生活は一変した。
弁護人「祖父はどういっていたか」
被告「『いずれは財産を全て持っていってしまうぞ』と」
弁護人「母親が脱会しないことでどうなったか」
被告「家族会議で祖父は包丁を持ち出し、母を殺害して自分も死ぬといったことがあった。(自分は)どうしていいか分からなかった」
弁護人「ほかには」
被告「母が入れないように祖父が家の鍵を閉め、『これからは母抜きでやっていく』といわれた」
弁護人「その後どうなった」
被告「夜暗くなってから玄関ドアの近くにいると、母が『開けてくれ』というので、つい開けてしまうことがあった」
弁護人「祖父に『母を助けるなんて、お前も統一教会員か』といわれたことがあった」
被告「あったかもしれない」
祖父からは「出ていってくれ」と土下座されることもあり、いっそ児童養護施設に入れられる方が悩まずに済むと考えていた日々。自身も「人生や考え方が根本的なところで変わってしまった」という。その中でも高校は奈良県内屈指の公立進学校に進んだ。
応援団「忍耐の訓練になる」
弁護人「部活は」
被告「非常に珍しいが応援団に入っていた」
弁護人「なぜ」
被告「イメージとして上下関係が理不尽。忍耐の訓練になると思った」
弁護人「なぜ理不尽への忍耐力を」
被告「家庭環境が理不尽に思えたから」
弁護人「振り返ると、どんな高校生活だった」
被告「野球部が甲子園に行き、そこで応援団として活動した。応援団はやめようと思っていたが、やめられず流された。自分のために有効に使えなかった時間だった」
弁護人「卒業アルバムに何と書いたか」
被告「『石ころ』と書いた」
弁護人「どういう思いで書いたか」
被告「ろくなことはないという思い」
祖父や兄が母親の信仰に強く反発する一方、ただただ「家庭が元通りに」と願っていた被告。そんな思いとは裏腹に高校3年の時に祖父が死去すると、母親は自宅を売却して全額を献金した。ただ献金したことは被告らには隠していた。
被告は勧められるまま、母親と韓国の教団施設を訪れたり、国内施設で教義を一通り学んだりしたことも。今から振り返ると、10代の頃に祖父や兄と協力し、母親に強い態度を取らなかったことが「解決を妨げた」という思いもあるという。
弁護人「(経済的理由で進学を断念し)高校卒業後はどんな仕事に就きたかった」
被告「特段強い希望はなかったが、消防士になろうと思った」
弁護人「どうして」
被告「応援団とも通じるが、何かのために自分の存在をなげうつ最たるものに思えた」
経済支援に不満「家族として助けるしかない」
結局消防士にはなれず、21歳だった14年に「消防士に似ている仕事もある」という理由で海上自衛隊に入隊した。
弁護人「入隊して収入を得られる。自分の役割をどう思った」
被告「祖父が死んで、(実家の)経済状態が続かないと思っていた。母を助けなければと思ったが、統一教会に対する反発があった」
弁護人「経済的に支援することをどう思っていた」
被告「非常に不満があった。母からも兄からも親族からも自分が利用された。なぜ自分がそんなことをしないといけないのか不満だった。だが、こういう状況になれば家族として助けるしかない」
当初は母親の求めに応じて金を渡していたが、次第に応じないように。その中で母親から、被告が入隊した年に破産していたことを聞かされた。
弁護人「それを聞いてどう思った」
被告「統一教会の教義に照らすと、神のために献金していれば、最後は救われる。裏切られたというか、母が破産の事実にショックを受けているのは感じた」
弁護人「(被告は17年に)自殺未遂をした。破産と関係はあるか」
被告「統一教会とは関係なく、自衛隊の生活がうまくいっていない。家族から望んでいない役割を押しつけられることにも嫌気がさした。(6千万円の保険金を残して自殺した)父のように役割を果たせば、それでいいと思った」
弁護人「保険の受取人は」
被告「兄と妹のどちらかだと思う」
質問に対し、数秒間回答を考えるような場面もあったが、終始感情を見せることなく、淡々と言葉をつないだ被告。この日の被告人質問は1時間15分ほどで終了した。
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被告側は殺人罪の起訴内容を認めており、主な争点は量刑。被告の生い立ちが動機形成にどれだけ影響を与えたかが焦点となる。被告人質問は12月4日まで5回に分けて実施され、次回は11月25日午後に行われる。