海外メディアは「タカ派の高市首相が理性的に見える」と評価…長引く日中対立で”一番損をする”のは誰か

中国の一連の反応は、果たして適切だったか。世界の厳しい目が向けられている。
発端は、11月7日の国会答弁だ。野党議員から、中国が台湾を攻撃した場合、日本にとって「存立危機事態」に該当するかを問われた高市首相は、「戦艦を使って、そして武力の行使も伴うものであれば、どう考えても存立危機事態になり得るケースであると、私は考えます」と答弁した。
日本と密接な国が攻撃されることで、日本の存在が脅かされる「存立危機事態」とみなされれば、自衛隊による集団的自衛権の行使につながる可能性が出る。
首相の発言直後、中国外務省は「台湾は中国の内政問題だ」と強く反発。高市首相に発言の撤回を求めた。翌8日には、中国の駐大阪総領事が「汚い首を切り落とす」との趣旨をSNSに投稿。まもなく削除されたが、日本政府は「極めて不適切」として中国大使を呼び抗議した。
以降、中国共産党の対日圧力は強まる一方だ。
15日には自国民に、日本にいる中国人が犯罪のターゲットになっているとして、日本への渡航自粛を呼びかけた。中国の航空各社が日本行きのチケットの無料キャンセルに応じたところ、54万人以上が予約を取り消した。19日には、日本産の水産物輸入停止を日本政府側に通知したとも報じられている。文化交流イベントの中止や、日本映画の公開延期も相次いだ。
なかでも注目を集めたのが、11月19日に北京で行われた日中外交当局の協議の場面だ。中国外務省の劉勁松アジア局長は、両手をポケットに入れたまま日本側代表との会話に応じた。正式な外交の場では極めて異例であり、無礼とも受け取れる振る舞いだった。日本側はうつむき、頭を下げているようにも見える。
シンガポール英字紙ストレーツ・タイムズによると、中国のソーシャルメディアでこの写真が拡散。ネットユーザーたちは「2025年のベストショット」と称賛し、「試験に落ちた生徒を叱る教師のようだ」と喜んでいるという。
こうした反応は、国営メディアによって意図的に煽動された可能性がある。香港英字紙サウスチャイナ・モーニングポストによると、中国国営放送CCTVが運営するソーシャルメディアアカウントが、この動画に「日本の外交官が中国側の話を聞きながら頭を下げる」とのハッシュタグを付けて投稿した。投稿はその後、削除された。
中国政府は国際社会に向け、より露骨な立場を表明している。中国共産党が管轄する英字日刊紙のチャイナ・デイリーは、少なくとも3日間にわたり高市首相を糾弾する記事を掲載した。
11月17日の社説は、「高市の挑発的で危険な発言の根本原因」と題し、日本側の対応を一蹴した。「日本は、なだめるような言葉だけでは、高市の挑発的で危険な発言の深刻な影響を相殺できないことを理解しなければならない」と断定。「必要なのは、誤った発言の明確な撤回だ」と要求した。
同紙は高市首相について、「南京大虐殺などの歴史的残虐行為を否定し、靖国神社を参拝し、極右の歴史修正主義者たちと密接に連携している」と独自の主張を並べ立てた。また、「彼女の言動は予測可能なパターンに従っている。それは何年もの間、日本の右翼政治グループを育ててきた『有毒な土壌』に根ざしたものだ」と持論を展開した。
記事には、過激な風刺画が添えられた。「軍事化」と書かれた服をかぶった幽霊が高市首相と手をつなぎ、崖の上から燃えさかる炎の海へと誘い出している。高市首相が日本を軍事化へと導き、破滅へと向かわせているという中国側の主張を示唆するものだ。中国の感情的な対応を強調する内容だ。
19日になると、チャイナ・デイリーはより強硬な論調を展開し始めた。
「高市は謝罪すべきだ」と題する記事を掲載し、「最初にはっきりさせておこう。日本は今すぐ間違いを正さなければならない。高市は謝罪し、責任を取り、中国国民に真の回答を示さなければならない」と糾弾した。
同記事は、「高市早苗首相は就任してわずか数週間だが、日本の隣国のほぼすべてを怒らせることに成功した」と指摘。経済面で具体例を挙げ、「中国の顧客に大きく依存しているブランド、資生堂の株価は11%急落した。他の日本企業も、程度の差こそあれ打撃を受けている」と報じた。
さらに、「日本がこの自傷的な災害から抜け出す方法は1つだけだ。高市早苗は謝罪し、発言を撤回し、歴史と正直に向き合い、台湾問題での火遊びをやめなければならない」と記事を結んだ。
20日の記事では、経済への影響をより詳しく取りあげた。
日本側の声を引用する形式をとりながら、実質的には日本経済が中国に依存している構図を印象づける内容だ。立教大学教授(経済学)の分析を取りあげ、「中国からの訪問者数が急激に減少すれば、インバウンド消費が2兆2000億円減少し、実質GDPを約0.36%押し下げる可能性がある」との数字を示した。
これらの記事を通じ、中国側は経済的な圧力を用い、日本側の譲歩を引き出そうとする姿勢を鮮明にしている。
中国による一連の対応に、国際社会は厳しい立場を示している。とりわけ注目を集めたのが、駐大阪中国総領事による「斬首」発言だ。
エコノミスト誌は、駐大阪中国総領事の薛剣氏が「汚い首を切り落とす覚悟はあるか」とソーシャルメディアに投稿したと報じた。
ニューヨーク・タイムズ紙は、この発言を「戦狼外交への明確な回帰」だとする専門家の分析を掲載。戦狼外交とは、習近平政権下で形成された、攻撃的で対立を好む外交姿勢を指す。米外交専門誌のディプロマットは、こうした投稿が「下品であり、外交官に求められる品位を欠いている」と指摘する記事を掲載した。
両手ポケットの件に関してはロイターが、ユーラシア・グループのアナリストの分析を紹介。「中国は外交の大半を非公開で行う達人だ。それをあえてカメラの前で行ったということは、全世界に見せたかったのだ」との見方を示した。上体を反らし日本の外務省幹部を見下す無礼な振る舞いは、意図的なものだったとみられる。
中国政府は15日、自国民に対して日本への渡航を自粛するよう呼びかけた。安全上の懸念があるとしている。だが、日本が危険な国だとの仮定に立ったこの呼びかけに、海外メディアは疑問を呈している。
ブルームバーグは、「世界で最も安全な社会の一つである日本で、中国人の訪問者や学生に脅威が生じると本気で信じる者はいない」と指摘。そのうえで、「中国では昨年、日本人への攻撃が相次いだ。これを踏まえると、(中国より日本が危険だとする)この警告は痛ましいほど皮肉だ」と論じた。
中国の強硬姿勢は、軍事面でも孤立を高める可能性がある。
ワシントンポスト紙は、オーストラリアのシンクタンクである米国研究センターのマイケル・グリーン代表の言葉を引用。「北京がこのようなことをすればするほど、何らかの集団防衛取り決めができる可能性が高まる」「中国の行動は、中国が望まない(国際社会による中国人民解放軍の)封じ込めを生み出している」との分析を伝えた。
中国の攻撃的な姿勢は逆効果となり、安全保障面で他国が対中国で連携を強める機運を生んでいる。
ブルームバーグは、中国の威嚇が日本側にさして痛手となっていないと分析。「北朝鮮のミサイル発射と同じように、日本国民は中国のレトリックに慣れっこになっている」と指摘した。
火種となった高市首相も、何ら大きなダメージを受けていない。同記事では、高市首相の支持率はもともと歴史的に高かったが、台湾発言以降の世論調査でさらに上昇したと紹介している。記事タイトルは「北京の行き過ぎにより、高市氏は早々に政治的勝利を収めた(Beijing’s overreach gives Takaichi an early win)」と謳っており、就任早々かえって日本国民の支持を伸ばす結果になったとの見方だ。
一方で中国の反応については、安全保障上の問題を論じたに過ぎない国会答弁に対して不釣り合いに激しく、合理性を欠いているとの見方が広がっている。
ブルームバーグは、「この敵意は圧倒的に一方的だ。その結果、しばしば『過激派』や『超保守派』と非難される高市氏が、今では著しく理性的に見える」と論じる。
ロイターもまた、世論調査で首相の堅調な人気が示されていると伝えた。中国が期待した日本国内からの政治的圧力は発生せず、圧力外交の限界を露呈した形だ。
もっとも、日本にも一定の非はあるとの論調も見受けられる。
ディプロマット誌は、高市首相の発言について「安全保障の観点では完全に正しい」としながらも、「外交的観点では不適切で全く不必要」と指摘。台湾有事が日本の安全保障に影響を及ぼすことは事実だが、それを公の場で明言する必要はなかったとの見解だ。
仏放送局のフランス24は、日本研究専門家ジェフリー・J・ホール氏の分析を紹介。高市首相が午前3時の勉強会のセッション後に、官僚のチェックを受けることなく発言に至ったと指摘した。
答弁では「戦艦」との用語を用いたが、近年では政治の舞台でほぼ使われていない、古く刺激の強い用語だ。このため、首相独自の表現であったと推測される。
ホール氏はさらに、過去の日本の首相が維持してきた「戦略的曖昧さ」を破った点を問題視。台湾問題について明確な立場を示さないことで中国を刺激せずに済んでいたが、今回は外交的配慮が失われたとの見方を示した。
とはいえ、今回の日中対立を通じ、日本側に大きな非があるとの論調はほぼ見られない。むしろ各紙は、中国の強硬姿勢の裏に、国内の行き詰まりを覆い隠したい事情があると分析している。
英テレグラフ紙は、習近平国家主席が「悪化する経済、高まる不満、人民解放軍の最高幹部の政治的混乱から(中国国民の)目を逸らしている可能性」があるとする専門家の分析を紹介した。
中国経済は急速な停滞ムードが広がっており、投資は数年ぶりの最悪水準を記録。消費も2021年以来、最長の減速期に入った。こうした中、国民の不満が政府に向かうのを避けるため、対外的な強硬姿勢で愛国心を煽る必要があったとの見立てだ。
ドイツ国営放送のドイチェ・ヴェレも同様の見方を示している。
高市首相の発言が波紋を広げたのは事実だ。台湾問題は中国共産党の優先課題であり、他国が刺激的な言葉で口を挟めば、党の面子のためにも黙っていられないことは明らかだった。
だが、中国側は対応を過剰なまでにエスカレートし、国際的品位と信頼を失った。「斬首」発言や国営紙による対日感情の煽動、外交上異例の非礼な態度などを繰り返し、妥協点を探すことなく、日中どちらにとっても落とし所のない報復へと突き進んだ。
こうした非建設的な対応に、苦しむのは他ならぬ中国国民自身でもある。中国航空会社は日本便のキャンセルを無料で受け付け、50万席以上の予約が消えたとされる。チケット代こそ返ってきたかもしれないが、すでに支払ったホテル代を泣く泣く諦めるのは、政府の強硬姿勢に振り回される中国国民自身だ。
より大局的な視点では、留学機会の損失がある。中国が景気減速と高い失業率に苦しむ中、多くの若者が海外留学を通じ、将来的により良い職に就こうとしている。ところが中国文部省は11月16日、日本への留学を慎重に判断するよう国民に呼びかけ、その後も日本での安全確保について警告した。
結果、日本が危険であるという印象操作を通じ、学習意欲の極めて高い国民の未来を他ならぬ中国文部省自体が閉ざしている。国内の失業問題から目を逸らすための日本叩きだったが、結果として留学機会を奪い、失業問題を悪化させる本末転倒につながりかねない。
対立を好む「戦狼外交」により、中国は自らの選択肢を狭めている。
———-
———-
(フリーライター・翻訳者 青葉 やまと)