真っ赤な目を点滅させ、左右を見回しながら大音響で相手を威嚇する―。野生動物を撃退するオオカミ型の装置「モンスターウルフ」が全国から注目されている。開発したのは北海道奈井江(ないえ)町の町工場「太田精機」。SNSで批判を受けながらも地道に改良を重ね、今ではクマをはじめとする野生動物の被害にあえぐ日本を「救ってくれ」と投稿されるなど頼られる存在へと変わっている。
LEDがヒントに
モンスターウルフはとにかく迫力がすごい。犬がほえる声や人間の叫び声など50種類の〝音〟を搭載。オオカミをかたどった装置は両目からLED(発光ダイオード)の真っ赤な光を放ち、左右に動く首は侵入者を探すように周囲をねめまわす。野生動物の食害などに悩む農家や農協、一般企業などが関心を寄せて11月時点で全国330台以上が稼働中だ。
開発したのは北海道奈井江町の金属部品加工会社「太田精機」の太田裕治社長(67)。道内有数の米どころでも知られる同町では、エゾシカによる農作物の食害が頻発。農家から直接悩みを聞く機会もあり、「自分が携わるモノづくりで貢献できないか」と常々考えていたという。
実際に野生動物撃退のモノづくりに乗り出すきっかけになったのは、省エネ機運が高まった北海道洞爺湖サミット(平成20年)だ。この頃は国内外でLED(発光ダイオード)が注目。「長寿命で明るく、電力消費も少ない。電球のように球切れすることもない」として自社開発を始めたが、大手企業との競争は厳しく、獣害対策での活用に活路を求めた。大学関係者の助言の下、平成21年に赤色や青色のLED光を点滅させ、大音量を出す装置「モンスタービーム」の商品化に成功した。
口コミで全国に
太田さんがターゲットにしたのはクマ、シカ、イノシシ、サルなどの野生動物。エゾシカ農場で行った実証試験では野生動物が装置に近寄らないなどの効果が確認できた。
その後も小さな改良を重ねていたが、「野生動物たちはオオカミが最大の天敵だと遺伝的に学習している」という大学関係者の助言をヒントに、オオカミをかたどった姿へと〝フルモデルチェンジ〟する。
毛皮はフェイクファー(人工毛皮)で代用。マスクは市販品の中から一番怖そうなものを選ぶなど、細かなディテールにもこだわった。
改良を重ねて28年に発売した「モンスターウルフ」はユニークなスタイルが注目され、テレビや新聞などからの取材が殺到。しかし、商品の問い合わせなどは1件もなし。「SNSでは『子供だまし』とか『ふざけているのか』など批判的な書き込みばかり。最初の3年間は20台しか売れなかった」。
太田さんは全国各地を巡る中で「効果を検証させてもらえないか」と農家などに試験設置を要請。地道な種まき作業だったが、モンスターウルフを見たシカやクマなどが逃げたり、千葉県ではイノシシの被害を完璧に押さえ込むという実績を挙げるなど着実に成果を上げてきた。
太田さんは「変化なしというケースは聞いたことがない」と胸を張る。
令和3年には、経済産業省のものづくり日本大賞で「北海道経済産業局長賞」を受賞し、業界でも認められる存在になった。
オオワシ型も実証中
今年に入り、新しい需要も生まれている。クマ出没でゴルフ大会が中止になったことをきっかけに、会場周辺に設置したいという依頼が増えたのだ。「作業員の安全を確保するため、山中の工事現場に導入するケースも多くなった」と農業分野以外にも裾野が広がり始めている。
「モノづくり会社の経営者として自社のオリジナル製品をつくりたいという夢があった」と太田さん。現在は民間企業や大学、研究機関などと共同で自動走行や遠隔操作できるモンスターウルフも開発中だ。
農業者の高齢化が進む中、「故郷を離れた子供世代が都会からモンスターウルフを動かせるシステムをつくることが地方創生にもつながると思うんです」と思いを語る。
鳥類やウサギなどの被害を防ぐオオワシ型の野生動物撃退装置「モンスターイーグル」も実証中。さらにモンスターウルフの機能を小さな犬のぬいぐるみに搭載した携帯型のクマよけ装置も開発中だ。
SNSでは今、「モンスターウルフ、日本を救ってくれ」「頼んだぞ、モンスターウルフ!」など好意的な書き込みが増えているという。「導入した農家の中には、毎日のように毛をブラッシングしながら『今日も頼むな』と声かけする人も。地方の零細企業だけど、これからも挑戦を続けていきたいですね」と太田さんは笑顔で話している。(坂本隆浩)