令和4年7月の安倍晋三元首相銃撃事件で、殺人などの罪に問われた山上徹也被告(45)の第12回公判が2日、奈良地裁で開かれ、3回目の被告人質問が行われた。被告は事件当日の状況や心境などを供述。安倍氏を標的とした理由については、安倍氏以外の「ほかの政治家では意味が弱い」と述べた。
前回の被告人質問は、検察側が銃の自作を始めた経緯や製造方法などを尋ねたところまで進んだ。この日は引き続き検察側が、事件前日の7月7日の行動についての質問から始めた。被告は7日未明に自宅近くにあった教団の関連施設に向けてパイプ銃を撃って壁を損壊させたことを認め、その理由を説明した。
検察官「撃った理由は」
被告「(旧)統一教会に怒りを感じているということを示すために撃った」
検察官「撃ち込みの時点では、安倍氏を狙うことを決めていた」
被告「そうです」
検察官「怒りの対象が統一教会だということを示すために撃った」
被告「はい」
検察官「本来の怒りの対象は安倍氏ではなく、統一教会か」
被告「はい」
検察官「それを示すために、先に統一教会に撃ち込みをしたのはなぜ」
被告「統一教会の関係者であれば、安倍元首相と(教団との)関係が深いのは常識。一般社会ではそうではないので、あらかじめ示しておかないと、違う理由が取り沙汰されると思った」
安倍氏の奈良入り 「まさか自分が銃撃に失敗した翌日に」
帰宅して睡眠をとると、今度は別のパイプ銃をショルダーバッグに入れ、岡山市に向かった。
検察官「目的は」
被告「参院選の応援演説に訪れる安倍元首相を襲撃するため」
検察官「(会場の)岡山市民会館に行ったが、襲撃できなかった。なぜか」
被告「出入りを狙うことにしていたが、車を横付けするような具合で、銃撃の機会がなかった」
検察官「(奈良の自宅に帰る)電車で自民党のホームページを見て、翌日に(奈良で)応援演説をすると知った」
被告「はい」
検察官「街頭演説を知り、どう考えた」
被告「(約10日前にも)安倍元首相が奈良で応援演説をしたと知っていたので、まさか自分が銃撃に失敗した翌日に、もう一度来るとは思いもしなかった。偶然とは思えないような気もした」
検察官「それで翌日、安倍氏を襲撃しようと考えた」
被告「はい」
撃つ瞬間「何も考えないように」
質問は7月8日の銃撃事件当日の話に移る。演説会場の奈良市の近鉄大和西大寺駅前に午前10時ごろに到着して待つ中、午前11時17分に安倍氏が現れた。
検察官「様子を見て、どんなことを考えていたか」
被告「本当に来たんだなと思った」
検察官「どういうタイミングで近づいた」
被告「銃撃するなら後方から。真後ろに警備がいて、どうしたものか、このまま演説が終わってしまうのではないかと思った。横の方がいいかと考えていると、後ろの警備が移動したので、これも何かの偶然かと、偶然とは思えない何かと思ったので『今だ』と」
検察官「撃つ瞬間は何を考えていたのか」
被告「(射撃に関する)何かの本で『射撃の心得はなるべく無心で撃つ』とあり、何も考えないようにしていた」
検察官「それは家にあった本か」
被告「あったと思う」
検察官「ほかの人に当てないように、何か手立てはあったのか」
被告「自分の撃った場所からは(安倍氏の周りに立つ人まで)広がらないだろう、20メートルほど離れていれば威力も落ちるという見通しがあった。90メートル以上離れた(立体駐車場の)壁にめり込んでいたというのは考えづらい結果だった」
目的果たしたかの問い 「お答えできかねる」
その後、質問者は裁判所側に移り、「なぜ安倍氏を標的としたのか」という核心部分に踏み込んだ。これまでの公判で被告は、安倍氏が事件10カ月前の3年9月、教団の友好団体に対して好意的な内容のビデオメッセージを寄せていたことを指摘し、「『困る』という感情だった」などと述べていたものの、事件にどうつながるかは判然としていなかった。
裁判員「『困る』ということから殺人にいたる心情の変化は」
被告「困惑した、失望したというか。今後も安倍元首相と統一教会の関係が公に増えるとすれば、統一教会が公的に認められる。それは受け入れがたいので、安倍元首相に対する表面に出る強い怒りではないが、心の底に引っ掛かり続けることで嫌悪感、敵意が徐々に強まった。そうした中で、ということかと思う」
裁判員「事件後に統一教会を巡る動きがあった。目的は達成したのか」
被告「非常にいろいろな問題を含むので、お答えはできかねます」
裁判官「前提として、今回の事件の目的は何だったのか」
下を向き、15秒間ほど沈黙した後、被告は口を開いた。
被告「別の機会に答えさせてもらえればと思います」
裁判官「銃撃の対象をいつごろ安倍氏にすると決めたのか。ビデオメッセージがどうつながったのか」
再び沈黙する。
被告「もう少し、考えさせていただければと思います」
回答を避けた被告だが、質問が続くと、ある程度具体的な内容を答えるようになった。
裁判官「犯行は旧統一教会への怒りや恨みや葛藤からになるのか」
被告「はい」
裁判官「そういった感情は母親には向かわなかったのか」
被告「そういうこともあった。パイプ銃の試射をしている期間」
裁判官「実行しなかった理由は」
被告「(教団幹部の襲撃が)できなくなる。そもそも母が献金している統一協会に抗議したかった。母個人ということでもない」
裁判官「(教団本部がある韓国にいる幹部ではなく)国内の統一教会関係者を狙うことは考えなかったのか」
被告「日本の幹部を襲撃したとしても解決にはならない」
裁判官「解決とは」
被告「統一教会への献金や家族の不和、争いごとを無くすこと」
裁判官「安倍氏以外の政治家は対象にはならなかったのか」
被告「私の認識だが、安倍元首相は統一教会と政治との関わりの中心にいる方だと思っていた。ほかの政治家では『意味が弱い』と思った」
裁判官「殺人を思いとどまることはできなかったのか」
被告「銃の製造に費用や時間がかかった。経済的に行き詰まり、やめると『何のためにこんなことをしたのか』となる。統一教会に対してさらに敗北したようなことは避けたかったので、思いとどまることはなかった」
事件当時「破綻してしまう可能性あった」
その後、弁護側の質問では被告が銃撃の約1時間前に現場近くで参院選の期日前投票を行い、自民候補者の佐藤啓参院議員(官房副長官)に一票を投じていたことが明らかに。安倍氏が応援のために演説していた本人で、被告は「襲撃を実行すれば演説が中止になり、そこにいる候補には迷惑になるので」と述べた。さらに検察側の再質問では、事件当時の生活状況を確認した。
検察官「教団幹部を狙わないことにした理由は、いつになっても来ないし、経済的に待てないと思ったからか」
被告「何もできなくなるよりは、今やった方がいいと考えた」
検察官「令和4年以降、幹部はほとんど来なかった」
被告「はい」
検察官「4年7月は経済的に行き詰まっていた」
被告「完全に行き詰まっていたわけではないが、破綻してしまう可能性もあった」
検察官「経済的な理由のため、対象を安倍氏に変更したのか」
被告「そういった要素もあったかと思う」
この日の被告人質問はここで終了。宗教社会学者への証人尋問をはさみ、12月3日午後に次回の被告人質問が行われる。