台湾有事で「10万人の日本人」が人質に…日本の経営者が理解していない中国版「有事法制」の恐ろしい実態

※本稿は、平井宏治『日本消滅』(ワニブックス)の一部を再編集したものです。
2013年に第7代国家主席に就任した習近平はさらなる経済成長と国力増強に取り掛かり、2015年、李克強国務院総理の名の下に産業政策「中国製造2025」を発表した。
2025年までに中国国内の工業の製造能力を高め、中国の製造業を労働集約型から技術集約型に変え、中国を付加価値の高い製造業強国に発展させることを目的とする産業政策である。
「中国製造2025」は、中華人民共和国建国100年にあたる2049年までに、①半導体など次世代情報通信技術、②高機能NC工作機械とロボット、③航空宇宙設備、④海洋エンジニアリング設備とハイテク船舶、⑤先端的鉄道交通設備、⑥省エネルギー・新エネルギー自動車、⑦電力設備、⑧農業用機材、⑨新素材、⑩バイオ医薬と高性能医療機器、の10の分野で世界のトップとなることを目標としている。つまり、アメリカを追い抜くということだ。
そして、「中国製造2025」と並行して、同時期、中国における産業発展は何のためにあるのかということが明解に打ち出された政策がある。2017年の中央軍民融合発展委員会第1回会議において大々的に宣言された「軍民融合政策」だ。
軍民融合政策とは、軍事分野と民間分野の連携を強化して互いに資源や技術を共有することによって安全保障の確保と経済発展を同時に進めようとする政策であり、現在の中国の国家政策の根幹には常にこれがある。
軍民融合の方針の下では、民間資源はすぐに軍事利用できる状態におかれる。技術はまず軍事のためにあるべきで、それが民間に転用され研究投資を回収する状態が望ましいと考えるのが、現在の中国の産業政策の常識である。習近平が軍民融合をどれだけ重要視しているか、それは、中央軍民融合発展委員会の主任を自ら務めていることからも明らかだ。
「軍民融合政策」が明確に打ち出された背景には、現代の先端技術ならではの特徴がある。前時代の機械的技術には、ある程度わかりやすいかたちで民生技術と軍事技術の区別があった。
それが、半導体技術を考えてみればわかるように、例えば私たちが普段使用している電子機器を構成している技術などはすぐに軍事利用できる状況にある。
そのような状況に対して、中国はとにかく軍事優先で産業政策を展開する、ということを明らかにしているのが「軍民融合政策」なのだ。そして、この「軍民融合政策」は、アメリカを撃破するために中国が案出した「智能化戦争」の実現化のためにある。
智能化戦争という言葉は、2019年の中国人民解放軍国防白書にすでに見えている。白書には「情報化戦争への変化が加速し、智能化戦争が初めて姿を現している」と記された。
中国側は智能化戦争の定義を明らかにはしていないものの、研究者の間では「モノのインターネット(IoT)システムに基づき、智能化した武器装備とそれに対応した作戦方法を利用して、陸・海・空・宇宙・電磁・サイバーおよび認知領域で展開する一体化戦争」を指していると考えられている。
智能化とは、具体的に、「指揮や戦略方針を決定する際に高い演算能力を持つ装置を導入することで、人工知能(AI)や機械学習(AIに反復的にサンプルデータを解析させることで、サンプルの特徴・規則性を見出し、未知のデータに対して予測・解析)などの技術が、相手の正確な意図を分析・判断して指揮官に提供する」ことを指す。この智能化技術の優劣が戦争の全局にわたる帰趨を決することになる。
智能化戦争はこれまでの戦争の形態を大きく変容させる。AIの導入で自律化した武器や装備が広まり、戦場の無人化が進むことが考えられ、中国人民解放軍は現在、智能化戦争に適応するために、軍隊編成、武器装備体系、訓練体系を変化させていると考えられる。
注意しておきたいのは、智能化戦争という言葉こそは2019年に初出するものの、自律化した武器や装備といった特徴をはじめとする新しい戦争の形態に関する概念および思想は中国において20世紀末にすでに登場している、ということだ。「超限戦」という理論がそれである。
「超限戦」理論は、1999年に中国人民解放軍文芸出版社から出版された『超限戦:対全球化時代戦争与戦法的想定』という論文集に基づいている。著者は2人の中国人民解放軍空軍将校、喬亮と王湘穂だ。アメリカとの戦争を想定して書かれた論文集である。
「超限戦」理論の根幹は、「あらゆるものを戦争の手段とし、あらゆる場所を戦場とすべきだ」という考え方にある。戦争の限度を超えよう(超限)ということだ。
論文集『超限戦』には、「一見して戦争とは何の関係もない手段が、最後には『非軍事の戦争行動』になる」と書かれている。
貿易、金融、ハイテク、環境などは、従来ならば軍事の適用範囲から外されていた分野だが、『超限戦』は、これらは利用次第で多大な経済的・社会的損失を国家や地域に与えることができるとしている。
「人類に幸福をもたらすものはすべて人類に災難をもたらすことができる。今日の世界で、兵器にならないものは一つもない」とし、「人為的操作による株価の暴落、コンピュータシステムへのウイルスの侵入、各国の為替レートの異常変動、ネットに暴露される各国首脳のスキャンダルなどは、すべて新しい概念としての兵器である」とする。
そして、『超限戦』は、「人々はある朝、目覚めとともに、昨日まで大人しくて平和的だった事物が突然一定の殺傷力をもって牙を剥き始めたことに気づくだろう」と結ぶ。背筋が寒くなる話だ。
『超限戦』が出版されてから四半世紀が経ち、気がつけば私たちの周囲は大型電化製品や日常的な小型電気製品、コンピュータ機器、電気自動車など、中国製の半導体チップを搭載した製品で溢れかえっている。
中国は経済活動、自由貿易、労働者派遣(移民)すらも武器として利用する。我が国は、当に中国から武器を使わない戦争を仕掛けられている。
智能化戦争は超限戦の現代化に他ならない。中国は智能化戦争をもってアメリカに軍事的勝利を収めるために軍民融合政策をはじめとする産業政策を展開し、「中国製造2025」、「中国標準2035」、「中国製造2049」という具体的目標を掲げているのだ。
そして、さらに注目しておく必要があるのが、一連の産業政策をより確実に推進するために習近平が整備を進めている法律群および規制群である。
西側諸国においてはまず成立しないであろう、一党独裁国家だからこそ実現できる強力な統制型の制度ばかりであり、習近平の時代に入って中国が改革開放路線から規制・統制路線へと完全転換したことは、これを見ても明らかである。
まず、私たちが知っておくべき中国の法律群および規制群を記しておこう。
上記のうち、国防動員法は習近平の国家主席就任前に施行されている。第11期国家副主席に就いていた時代に成立した法律で、中国政府が状況を「有事」と判断したときの国内外の中国人および中国企業の行動義務を規定したものである。
国防動員法が発令されると、国内外の中国人および中国企業は直ちに国の命令下に置かれる。知っておかなければならないのは、国防動員法は中国人・企業だけではなく、中国国内の海外企業も中国政府の命令下に置かれることを規定しているということだ。国防動員法の発令によって日本企業は、次のような深刻な事態に陥ると考えられる。
※中国人社員が人民解放軍に参加したり銃後の業務で欠勤したりする場合、その意向を支持して協力し、任務期間中の賃金や手当、福利厚生の全額を支給しなくてはならない事態(53条)。
※在中資産(工場や事務所、倉庫、車両、製品その他資産、設備、装置、資材など)が、差し押さえや徴用、凍結される事態(54条)。この徴用や凍結の拒否はできない(同55条)。
※物流機能の停止、インターネット等など情報ネットワークの遮断、国際航空便、国内航空便の停止、輸出入貿易の停止、税関規制、交通制限、立ち入り禁止区域の設置、経営活動の停止、勤務時間制限、商業免許停止・剥奪、許認可の取り消し、各種行政規制の発動などが行われ、さらに現地法人の業務が一時的、または長期的に不可能になる事態(63条)。
※中国の銀行口座の凍結や金融資産の接収、売掛金の放棄を強いられる事態(63条)。
※日本企業の日本人経営幹部、駐在員、出張者が一時的ないし長期的に出国できなくなる事態(63条)。
予想されるこれらの事態について、日本の経済界の人間は全くと言っていいほどリスク管理ができていない。
特に国際航空便、国内航空便の停止は日本企業および日本国家そのものに深刻な事態を及ぼす。帝国データバンクの『日本企業の「中国進出」動向調査』によれば、2024年時点で中国に進出している日本企業は1万3034社存在し、前年比で328社増えている。
外務省の調査統計によれば、2024年10月の時点で中国に中長期で在留する日本人の数は9万7538人である。約20年ぶりに10万人を下回ったと報道されていたが、それでも約10万人の日本人が中国に在留し、1万3034社の日本企業が中国で活動し、関係する日本人が行き来している。
国際航空便、国内航空便の停止は、この10万人の日本人が自力で帰国できないことを意味する。自衛隊が乗り込んで10万人を取り戻しに行けるかといえば、物理的にも到底、無理な話だ。
中国には、世界大戦後に徹底して行われてきた根強い反日教育がある。2024年9月18日、広東省にある深セン日本人学校の男児(当時10歳)が登校中に中国人の男に刺殺される事件が起きた。
※「セン」は土へんに川
深セン日本人学校は、翌2025年9月18日を休校にした。中国国内にある他の10校の日本人学校でも、上海の3校、蘇州、杭州、大連、広州の7校は、オンラインで授業を行う。
2025年の夏には中国で「南京写真館」「731」「東極島」の3本の反日プロパガンダ映画が立て続けに公開されて大ヒットを収め、歴史的事実はさて置かれて中国の若年層を中心に改めて反日イデオロギーが常識化されることになった。
台湾有事あるいは沖縄有事はいよいよ現実性を高めて軍事関係者の間で分析が進められている。どこに火の手が上がるにせよ、有事の際には、国防動員法の発令に基づき、中国に取り残された10万人の日本人に対して反日教育で洗脳された14億人の中国人が、手段の違いはあるにせよ一斉に牙を剥くことになる。
以上を考えれば、日本側のとるべき手立ては一つだろう。日本人をできる限り早急に中国から出国させることだ。そのためには喫緊に、日本国内に脱中国企業の受け入れ環境を整備する必要があり、脱中国を促進させるための、かつて安倍政権が案出した脱中国補助金のような制度を整備する必要がある。
そしてそれ以前に、何より必要なのは、未だに中国進出を目論んでやまない日本の企業経営者たちの意識改革だ。国防動員法を見る限り、中国への進出は人命を無視した利益追求活動であるとしか言いようがない。
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(経済安全保障アナリスト 平井 宏治)