国民民主党も、公明党も最後は高市首相に味方した…取り残された立憲民主党から漏れる”苦悩の声”

日本社会を支配しているのは、理屈や規則よりもその場の「空気」だと言われる。政治もその例外ではない。
2025年、確かに日本政治の「空気」は大きく変化した。憲政史上初めての女性の首相が誕生したことが最も大きいが、その女性・高市早苗氏の独特の雰囲気が作り出す「場の空気」が、永田町から広がり日本全体を覆ってしまったようだ。
新語・流行語大賞に高市首相の「働いて5連発」が選ばれ、バッグやボールペンなど首相が愛用する物を買って応援したいという「サナ活」という言葉も生まれた。内閣支持率も、70%を超えるような極めて高い水準が続いている。
最近出会った九州地方の自民党の地方議員がこんな風に言っていたのが印象に残った。「総裁選では実は他の人を応援したのだけど、高市さんになって今は良かったと思っています。ちょっと危なっかしいところもあるが、何しろ明るくて行動的。自民党の不振が続いた嫌な雰囲気を変えてくれるように頑張ってほしいと期待しています」
ただ、「高市推し」の空気が広がる一方で、マスコミや野党議員が高市政権を批判すると「早苗の敵は日本の敵」「首相の足を引っ張るのは反日サヨクか中国の回し者」といった罵詈雑言の書き込みがSNSなどネット上にあふれることになる。
高市首相への批判には内容にかかわらず攻撃が殺到する変な空気まで広がっているのは心配だ。世の中が一つの空気に流されるだけだとロクなことが起きないのは歴史が証明済みだ。
政権発足後2カ月の内閣支持率を見ると、朝日新聞の調査では68%(前月比-1ポイント)、産経新聞、75.9%(同+0.7ポイント)、日経新聞、75%(同±0ポイント)、毎日新聞は67%(同+2ポイント)そして読売新聞では73%(+1ポイント)とほぼ横ばいながら、高水準を維持している。
しかも読売新聞によれば、10月(発足直後)71%→11月72%→12月73%と3回連続で70%を超える水準で推移している。発足後2カ月、70%以上の水準を維持したのは、小泉純一郎内閣(87%→85%)と細川護熙内閣(72%→74%)の例があるだけだ。小泉内閣も細川内閣もその後数カ月は高支持率を維持していた。
女性初の首相というインパクトに高市首相の明るく積極的な姿勢、そして何より、積極的な経済政策を実現してくれるのではないか、という期待感が大きい。自らの国会答弁で中国との関係が険しくなっているが、それでも世論調査では「高市首相の姿勢を評価する」「答弁を撤回する必要はない」という声が多い。
発端は高市首相の不用意な答弁だったが、それに怒った中国側の威圧的な態度への反感が広がり、むしろ高市首相の追い風にもなっている。
だが何と言っても支持率を押し上げているのは、経済対策への期待の大きさだ。
21兆円を超える大型の経済対策を打ち出し、18.3兆円の補正予算を成立させた。8.9兆円の物価高対策が盛り込まれ、お米券の配布など評判の悪い施策も混じっているものの、電気ガス代の補助や子ども一人当たり2万円の給付金などは評価が高い。財務省の抵抗を押し切って11兆円もの国債を発行してでも、政策を実現するのだという、その高市首相らしい強気の姿勢に期待感が集まっている。それが支持率を押し上げている。
しかし、マスコミのインタビューに高市首相自身が語っているように、こうした対策を実行することで国民に効果を実感してもらえるかどうかが、最初の高いハードルだ。国会では依然として参議院では少数のままだ。日本維新の会との連立も、議員定数の削減問題をめぐって両党の温度差が表面化し、ギクシャクし始めた。
補正予算への賛成を取りつけ、あと一歩のところまでこぎつけたと期待する国民民主党との連立も、近づいたかと思うとまた遠ざかる「逃げ水」のようなものだ。玉木雄一郎代表は前のめりだが、実は応援団の連合が慎重姿勢のために国民内部には自民との連立には否定的な議員も少なくない。
衆院では何とか過半数を獲得したが、参院はまだ過半数割れのままだ。政策実行には、国民も含めた安定的な多数が必要になる。それまでは、とても楽観できる状態ではない。つまり、高市政権は「まだ何もできていない」状態なのである。
期待値が高い分、着実に政策を実行していかないとたちまち期待は失望に代わり、いまは好意的な世間の空気も一変してしまう心配がある。誰よりも首相自身がそう感じているはずだ。
いまのところ、高市ブームのこの空気に、野党の政治家も飲み込まれている。
首班指名の前には野党統一の首相候補に国民の玉木代表を担ごうという動きがあった。立憲民主党の安住淳幹事長が仕掛けたものだ。玉木氏を首班候補に立憲、維新、国民の3党がまとまれば公明党が連立離脱した後の自民党の議席数を上回る。
実は、維新には自民党サイドから小泉進次郎氏が自民党総裁になった場合の連立相手として声がかかっていたのだが、「玉木か高市か」となった途端、維新は高市自民党にさっと乗った。世の中の空気は高市氏だといち早く読んだのだ。
まるで見事なアクロバット飛行のような動きに最も度肝をぬかれたのは、玉木氏だったようだ。
「自民とやるなら、最初から言ってよという感じだ」
恨み節というのか、本心なのか、維新と自民の連立合意の直後の玉木氏の感想である。この人は、本当に正直な少年のような感性を持っているのかもしれない。
梯子を外された格好の玉木氏だったが、今度は自民と協議を続けてきた年収の壁の178万円への引き上げでは、自民党が出してきた「年収665万円以下」という所得制限をあっさり受け入れ、手を打った。来年度予算とセットの税制改正に賛成したのだから、来年度の本予算にも賛成するのが自然だ。予算に賛成すれば部分連合が成立する。いよいよ連立まであと一歩である。
連立離脱したばかりの公明党も、子供への2万円の給付など公明党の要求が通ったことを理由に賛成に回った。
それぞれ政策の実現という大義名分はあるが、本音を言えば、これだけ支持率が高い高市内閣と対立してもプラスはない。そんな空気が各党に広がったのも事実だ。
公明の連立離脱→維新の連立入り→国民の部分連合。
まるで目まぐるしく入れ替わる回り舞台のうえで主演女優の高市首相だけが、軽やかに踊り続けているような政権の姿である。
野党を貫く立憲も何やらおかしな空気に揺れているようだ。
松下政経塾の同窓ということもあってか野田佳彦代表の高市首相への向き合い方が煮え切らない。内閣不信任案を出さないと早々と宣言したが、高市政権の評価が定まらないのがその理由だというのだ。党内には、そもそも戦う姿勢がないと突き放した声もある。
だがそれだけが理由ではないと中堅議員は明かした。
「高市首相をちょっと批判しただけで凄まじい抗議のメールが押し寄せてくる。どれも同じ内容、文面だから、組織的にやっているのだ。法的対抗手段も準備しているが、ネット上で誹謗中傷を拡散されると手の打ちようがない。しかもそれが大手メディアに取り上げられて、それに影響された人が、さらに激しい非難をしてくる。誹謗中傷、偽情報の嵐に巻き込まれ、すっかり委縮した若手議員もいる。この悪い空気の中では対決姿勢も出しにくいよね。しばらくは我慢するしかない」
高市政権をとりまく不穏な空気は、マスコミだけでなく、国会議員や官僚にもプレッシャーとなり、次第に物が言いにくい雰囲気になりつつある。
「高市だけが期待されていると勘違いしない方がいい。中国問題も敵失で追い風になっているだけだ。国内を見ると、いま高市を支えているのは自民党以外の政党ばかりじゃないか。野党が順番に助け船を出してくれているから、多少の失敗も致命傷になっていないだけだ。与党の維新の会もこの先当てにはできないし、やはり国民に連立に入ってもらわないと政権は安定しない」
ある自民党のベテラン議員は、そう指摘した。そして、相変わらず高市首相を支える体制ができていないと不満を漏らした。
「日中関係は膠着状態だが、4月には米トランプ大統領が訪中して習近平国家主席と会談する。それまでに日中関係を少しでも改善させておかないと、トランプのことだから何を言い出すか分からない。それなのに、首相官邸の高官が『核保有論』を言ったり、萩生田光一幹事長代行が台湾に行ったりして、わざわざ中国を刺激している。安全保障の問題は一つ間違えると政権の命取りになるのだが、その意識が欠落しているのではないか。ネットばかり気にして支持率が高いと思って甘く見ていると、足元をすくわれるぞ」
参院選の大敗後、「石破辞めるな」という野党からの声援を受けながらも、退陣に追い込まれた石破茂前首相だが、このところ意気軒昂にモノを言っている。
高市政権がコメの増産方針を転換したことについて「不愉快な話」だと不満を表明したり、中国との関係悪化も「日本の利益にはならない」と暗に高市答弁を批判したりしている。右派系の論客やSNS上では、「早くも後ろから鉄砲を撃った」「やっぱり空気が読めない党内野党」等々、石破叩きが盛り上がっている。
退陣前の世論調査では、退陣の必要なしという声が多かったのだが、辞めてしまうとこんなにも空気が変わるものなのか。石破氏もそう思っているに違いない。
しかし維新や国民との協力の下地を作ったのは、その石破氏だった。少数与党という厳しい状況のなでにかで年収の壁をめぐって国民との協議を重ね、維新に対しては、高校授業料無償化をテコに補正予算への賛成も取り付けている。
立憲民主との協議も進めて、今年度予算の年度内成立も実現した。野党側との熟議を通じて、政権を維持してきたのも石破前首相の手腕が大きい。ここで失敗していれば、おそらく参院選の結果も、その後の自民党総裁選もどんな展開になっていたか分からない。そうなれば高市首相の存在もなかったかもしれないのだ。
「高市カラーといっても、重要な来年度予算案の大枠は、石破内閣時代の夏の概算要求で、すでに122兆円超の過去最大の枠組みができていました。外国人規制や維新が求める議員定数の削減などは予算成立後になるから、来年の夏まで解散なんかできない。むしろ、腰を落ち着けて高市カラーの政策を実行していくことが重要だと思います」
予算編成に関わった政府関係者はそんな風に現状を解説してくれた。
実際、高市首相の周辺では、一時あった「支持率が高いうちの早期解散論」が鳴りを潜め、早くとも来年春、予算が成立した後に解散時期を探るべきだという声が強まっている。高市首相自身も周囲に「まだ実績が示せていない。経済対策の効果を実感してもらうまでは解散しない」と話しているという。
外にあっては扱いにくい中国との関係修復や気まぐれな米トランプ大統領との関係強化、国内では、物価高と人手不足で国民生活への影響が増す中での経済対策と、難題が山積している。若い世代の厚い人気に支えられた高支持率があると言っても、足元には空気だけでは超えられないような不安材料がいくつも横たわっている。
令和8年午(うま)の歳に、なお馬車馬のように働き続けることができるのか。高市首相にとってはこれからが本当の正念場になることだけは間違いない。
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(ジャーナリスト、元NHK解説委員 城本 勝)