2006年に岡山県で大学生2人を生き埋めにして殺害した事件により死刑が確定し、大阪拘置所に収容れていた小林竜司死刑囚(41)が、2月1日死亡しているのが見つかった。報道によれば、首に布団の襟カバーを結んだ状態で発見され、自殺とみられている。
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犯行の残虐性を踏まえれば、死刑は順当な刑罰といえ、この死刑囚に強い非難感情を抱くのは自然なことである。
しかし、自殺によって「刑の執行」自体ができなくなったわけであるから、刑事司法の責任を果たせなかったことは大きな問題と言えるだろう。
しかも、この出来事を単なる「凶悪犯罪者の自死」として処理してしまえば、日本の死刑制度が長年抱えてきた重大な構造的問題を見落とすことになる。
執行されない死刑という現実
日本には現在、100人を超える死刑囚が存在しており、この状況が常態化している。なかには、死刑が確定してから10年、20年、あるいはそれ以上、数十年にわたり執行されないまま拘置所に収容され続けている者も少なくない。
日本の法律では、死刑確定後6カ月以内に執行すべきことが定められているが、それが守られたケースは最近では皆無と言ってよい。小林死刑囚は、死刑確定後15年にわたって拘禁されていた。
また死刑の執行は法務大臣の命令を要し、その判断が政治的・社会的影響を強く受けるため、執行は常に先送りされやすい構造にある。さらに、日本の死刑制度の大きな問題は、執行の日時が本人にも家族にも事前に告知されない点にある。
加えて、再審請求や共犯者の裁判が確定していないなどの要因があれば、執行が遅延する原因となる。結果として、死刑囚は「いつ執行されるかわからない」状態に長期間置かれ、強い不安と緊張を伴う生活を強いられる。
長期的拘禁がもらたす心理的影響
このような状況が人の精神に及ぼす影響については、想像にかたくない。長期の拘禁下では、抑うつ、不安、不眠、注意力や判断力の低下、情動の鈍麻など、いわゆる拘禁反応という精神異常が生じやすい。
とりわけ死刑囚の場合、将来の展望が完全に断たれ、「生の終点だけが待っている」という認識が、精神的負荷を極端に増大させる。
また、多くの死刑囚は、時間の経過とともに強い後悔や罪責感を抱くようにもなる。判決確定直後には現実を受け止めきれず、感情を遮断することで自己を保っていたとしても、年月が経つにつれ、死刑を待つ自分自身に向き合い、被害者や遺族の存在を現実的に意識せざるをえなくなるのである。