1891年消印の犬養毅直筆の手紙、横須賀で見つかる…暴漢に襲われた見舞いに「傷の経過は殊の外よろしくご安心を」

5・15事件で凶弾に倒れた犬養毅元首相(1855~1932年)が出身地・岡山市の支持者に宛てた手紙が、神奈川県横須賀市内で保管されていることが分かった。見舞いへの礼状で、封書には1891年(明治24年)3月26日の消印が押されている。ノートルダム清心女子大学文学部の久野洋准教授は「犬養直筆の書状として貴重」と評価している。(光尾豊)
手紙は縦9センチ、横64センチの和紙に毛筆で書かれ、封書の表書きや手紙の末尾にある宛名は森準平氏。犬養元首相は91年3月16日、暴漢に襲われて頭にけがを負っており、森氏の見舞いに対する礼状として出された。「創傷の経過は殊の外よろしく、ご安心を」などと記している。
新聞記者を経て衆院議員となり、「憲政の神様」ともたたえられた犬養元首相。この時の様子は、時任英人・倉敷芸術科学大学名誉教授の著書「明治期の犬養毅」に、「(犬養が)政府の予算案に同調した弥生倶楽部(くらぶ)の土佐派を批判したため、高知県出身の暴漢に襲われ、頭部を棒で2回殴打された」と書かれている。森氏については、木堂先生伝記刊行会編「犬養木堂伝」上巻に、「作州(岡山県)人で、尾崎行雄氏の書生だった」との記述がある。
横須賀市野比の兼平靖栄さん(80)が2024年11月、東京都品川区の実家を整理中に見つけ、自宅に持ち帰って保管していた。祖父・辻政文氏(1877~1950年)が犬養元首相と同じ岡山県出身で、慶応大学の後輩に当たる。兼平さんによると、祖父と犬養元首相や森氏との交流関係は不明だが、祖父は「息子(兼平さんの父)の名前・毅は犬養毅からいただいた」と話していたという。
久野准教授は「史料的な価値はもちろんだが、東京から岡山に送られた手紙が130年以上を経て、横須賀で発見された過程が興味深い」と話している。