山下達郎のバンド参加や、中森明菜の87年の大ヒット曲「DESIRE-情熱-」を編曲したことで知られる、ギタリスト椎名和夫さんが17日午後8時9分、死去した。73歳。20日、達郎のバンドに長年参加しているキーボーディスト難波弘之氏の公式Facebookや、椎名さんが参加していたロックバンド、ムーンライダーズの公式X、椎名さんが会長を務めた一般社団法人MPNの公式サイトなどで報告された。
難波氏は「椎名和夫が亡くなりました。享年73歳」と報告。「だいぶ前から闘病中だったのですが、昨年夏、体調が好転したタイミングで、竹内まりやが達郎、伊藤広規、僕を誘って、彼を囲む食事会を仕切ってくれました」と昨夏に達郎夫妻やベーシストの伊藤氏と会っていたことを明かすと「その時は大変元気で、みんなで楽しく昔話に花を咲かせたばかりだったので、大変悲しく、残念です」と惜しんだ。
難波氏は、椎名さんと78年ごろに出会ったことも振り返りながら思い出を回想。「ギタリストではあるのですが、シンセや電子機器にやたら強かったので、佐久間正英に頼むようになるまでは、僕の『永遠へのパスポート』なども、椎名君がかなりサウンド作りに貢献しています」と紹介した。さらに「80年代に入ると売れっ子アレンジャーとなり、中森明菜のヒット曲でレコード大賞を受賞、その後は僕たち音楽家の団体のトップを引き受けてくれました」とつづった。最後は「たくさんの楽しい思い出をありがとう。天国でもおたくして、色々情報を集めて待っててね」としのんだ。
椎名さんは、ロックバンド、ムーンライダーズの結成時にもギタリストとして加入。バンドの公式Xでも訃報を伝え「ムーンライダーズの初代ギタリスト、椎名和夫さんがご逝去されました。ムーンライダーズ映画『マニアの受難』にも、ご出演いただきました。心よりご冥福をお祈りします」と追悼した。
椎名さんは70年代初頭、鈴木慶一らが結成した日本語ロックの先駆的バンドとして知られる、はちみつぱいに参加。主要メンバーが移行したムーンライダーズの初期にも加わった。
77年に脱退後は、スタジオミュージシャンとして活動。ギタリストとして達郎のアルバムやライブに多数参加した。またアレンジャーとして、RCサクセション「雨上がりの夜空に」の編曲もバンドとともに担当。日本レコード大賞を獲得した「DESIRE-情熱-」の編曲も担った。ほか、吉田美奈子、中島みゆき、井上陽水、光GENJIら、多数のアーティストのサポートを行っている。
後年はミュージシャンの著作権保護などの問題に向き合い、特に実演家や製作者の権利を守る著作隣接権のなどを訴える一般社団法人MPNの会長などを務めながら、ミュージシャンの権利保護や支援活動に尽力した。