高市総理の肝いりといわれる「国家情報局」構想。国内外のインテリジェンス(情報収集、分析)活動の司令塔となり、省庁横断的に情報を集約して一元的に分析することで、安全保障や国益を脅かすような外国勢力の活動への対処力向上につなげる狙いがある。
【画像】高市総理肝いりの「国家情報局」に期待される大きな仕事のひとつ
だが、その主導権を巡り、警察庁や外務省などの「縄張り争い」が激化しているという。
水面下では役所同士の「縄張り争い」が激化
これは、日本人が「スパイ」や「国家機密」といったものと、どう向き合っていくかについての重要な話である。
2月9日、高市首相は国会に「国家情報局」を作るための法律案を出すと決めた。これは、日本の安全を守るための「司令塔」を作るという、とても大きな決断だ。
これまでに、内閣情報調査室(内調)が「国家情報局」に格上げされることは決まっていた。現行の内閣情報調査室の事務を引き継ぎつつ、「国家情報局」として新設・昇格させる形だ。単なる改名ではなく、組織の地位・権限を強化することになった。
法案概要では「行政各部を総合調整する」と明記され、各省庁(外務省、防衛省、警察庁、公安調査庁など)からの情報集約・要求がしやすくなり、法的権限が明確化される。スパイ防止(カウンターインテリジェンス)関連の調整も含まれる見込みだ。
その国家情報局を巡って、水面下では役所同士の「縄張り争い」が激化していた。現時点で優勢なのが「警察」で、引き下がることとなったのは「外務省」なのだという。いったい何が起きていたのかを整理しよう。
日本には情報を集める組織がいくつかある
日本には、情報を集める組織がいくつかある。海外の情報を集める「外務省」、国内の犯罪やスパイを取り締まる「警察」、国を守るための情報を集める「防衛省」、そして内閣官房に置かれている官邸直属の情報機関「内調」だ。
これらはこれまで、バラバラに動いていた。当然、自分の持っている大事な情報を、ほかの役所には渡したくない。
そうやって、お互いが自分たちの中でしか情報を共有してこなかったわけだ。これでは、首相が正しい判断を下せない。そこで、「すべての情報を一か所に集めて、整理・分析する組織を作ろう」という話になった。それが「国家情報局」だ。
ここに至るまでの水面下では、激しい暗闘があった。
外務省の引き延ばし工作
昨年12月、外務省の元トップであり初代国家安全保障局長も務めた谷内正太郎氏らが、警察主導の流れに待ったをかける動きを見せた。谷内氏は日経新聞のインタビューで、新組織について「屋上屋にならないか、国民に丁寧に説明すべきだ」と疑問を呈し、既存の組織との「すみ分けが不透明だ」と批判した。
さらに、「有識者の懇談会を設けて半年から1年かけてじっくり検討すべきだ」と主張し、新組織を作るのではなく、既存の会議(合同情報会議)を改組する「合同情報委員会」の設置を提案した。
一見もっともらしく聞こえるが、これは要するに「時間をかけて議論しよう(その間に警察主導案を潰そう)」という引き延ばし工作であり、自分たちの権限を守るための苦肉の策に過ぎなかった。
対して、警察側の動きは冷静かつ計算高いものであった。その象徴とも言えるのが、警察庁が長く独占していた「内閣危機管理監」のポストに、初めて防衛省出身者が就任した人事である。
強大な権限を手にするために、あえて既存のポストを手放す
「一見すると警察側の敗北に見えるますが、実態は逆です。警察庁内では『国家情報局長という最大のポストを獲得できるのであれば、危機管理監のポストは譲っても構わない』との判断が働いていたのです」(内閣府関係者)
つまり、より強大な権限を手にするために、あえて既存のポストを手放すという、極めてしたたかな戦略が展開されていたのである。
そして、1月10日に明らかになった新しい組織の設計図によれば、国家情報局のトップである「局長」は、役人の中で一番偉い「事務次官」よりも、さらに上の「政務官級」というランクに置かれることになった。そして、そこには警察出身の強い力を持つ人物が就くことが有力視されている。
さらに、新しい法律では、各役所に対して「情報を出さなければならない」という「義務」が課されることになった。「出したくない」とは言わせない仕組みだ。これにより、各省庁間の綱引きや縄張り争いに、ようやく終止符が打たれることになる。
「国家情報局」の大きな仕事の一つは「防諜」
外務省は「相手国を信頼」して動くことも多い。「相手も人間だから、話せばわかる」というわけだ。それは、外交儀礼、平和な時、友好関係のある相手には素晴らしいことだが、スパイが暗躍する裏の世界では、命取りになる。
情報を集めるということは、時には相手の国が隠している秘密を盗み見るような危ない橋を渡ることでもある。また、日本の中に潜り込んでいる敵のスパイを見つけ出し、捕まえることも必要だ。
外交官に、「スパイを捕まえる」という泥臭くて厳しい仕事ができるだろうか。残念ながら、それは無理な注文だ。
一方で、警察はどうだろうか。警察の中には「公安」と呼ばれる、国の安全を守るための特別なチームがある。彼らは普段から、テロリストやスパイ、過激な団体を見張っている。彼らの仕事の基本は「疑うこと」だ。
「この人は本当に信用できるか?」「裏切るかもしれない」と常に警戒している。そして、協力者を作って情報を集める時も、その人の名前が絶対に外に漏れないよう、徹底的に秘密を守る。これを専門用語で「トレードクラフト(スパイの技術)」と呼ぶが、日本の役所の中で、この技術を本格的に持っているのは警察だけだ。
今回、新しく作られる「国家情報局」の大きな仕事の一つに、「防諜」がある。これは、外国のスパイが日本の情報を盗もうとするのを防ぐ活動のことだ。
外務省の役割は現場での重要情報集め
最近では、インターネットを使って偽の情報を流し、日本の世論を操作しようとする「影響工作」という攻撃も増えている。これに対抗するには、怪しい動きをしている人物を特定し、厳しく取り締まる力が必要だ。これは、どう見ても警察の仕事だ。外交官にはできない。
もちろん外務省にだって、警察にはない素晴らしい武器がある。それは、世界中に張り巡らされた「大使館」というネットワークだ。
大使館は世界中の国にある。外交官という身分があれば、その国の偉い人に会って話を聞くことができる。パーティーで噂話を耳にすることもできる。これは、警察官がいきなり外国に行ってもできないことだ。
これからの日本の情報組織の形は、「司令塔の差配」は警察が担い、鋭敏で優れた「目」や「耳」となって現場で重要な情報を集めるのは、外務省が担うことになるだろう。
日本の役所は、しばしば「省益(しょうえき)」を優先してしまう。今回の「国家情報局」の設立を巡っても、外務省のOBたちが反対したのは、「外務省の権限が奪われる」という「省益」を守りたかったからに他ならない。
日本は「自分の国を自分で守れる国」に近づくことができる
しかし、世界は待ってくれない。今、世界では戦争が起き、スパイが暗躍し、いつ何が起きるかわからない状況だ。そんな時に、日本の役所同士が足の引っ張り合いをしている暇はない。
高市首相が決断し、警察的な発想が反映される体制が固まった今、やるべきことは一つだ。全員が「国益(こくえき)」、つまり日本という国全体の利益のために動くことだ。
警察は、その強力なリーダーシップで組織を引き締めなければならない。時には強引だと言われても、甘さを捨てて秘密を守り抜く必要がある。外務省は、その方針を受け入れ、現場での情報収集に命を懸ける必要がある。
華やかな外交の舞台裏で、地味でつらい仕事を黙々とこなす覚悟が必要だ。それができて初めて、日本は「自分の国を自分で守れる国」に近づくことができる。
今回のニュースは、単なる役所の組織改編ではない。日本が、平和ボケした「子供」の状態から、厳しさを知る「大人」の国へと脱皮できるかどうかの、大きなテストなのだ。
私たちは、その行方をしっかりと見守る必要がある。警察が暴走しないか、外務省がサボタージュをしないか。国民の厳しい目が、新しい組織を育てることになるだろう。
文/小倉健一 写真/shutterstock