《政治家・高市早苗の変遷》過去に増税を容認しながら選挙で「減税は悲願」と言ってのける非凡さ 「あのひと言で選挙の争点を完全に潰した」との評も

自民党を総選挙で歴史的圧勝に導いた高市早苗・首相。「史上初の女性総理」として高い人気を誇る一方、周囲との交流が少ない”人嫌い”もあって、その実像はあまり知られていない。本誌・週刊ポストはその仕事ぶりから日常生活、政治家としての来歴まで徹底取材。第1回から第4回までは、主に”人間・高市早苗”の生活に迫ってきたが、第5回となる今回は”政治家・高市早苗”を掘り下げる。【シリーズ第5回】
堂々と言い分を変えられる
政治家としての変遷も検証していこう。
「消費減税は私自身の悲願でもありました」
解散・総選挙直前の会見で食料品の消費税ゼロを掲げ、自民大勝をもたらした高市首相。ただ、自身の公式サイトのコラムで過去に消費増税容認の姿勢であったこととの矛盾を報じられると、約1000回分のコラムを削除、読めなくした。そのことが、矛盾の隠蔽だと批判を浴びている。
「そもそも高市氏の公式サイトに掲載されていたコラムのリンクが見られなくなったのは選挙中で、コラム内の発言で揚げ足を取られないための選挙対策だったと言われている。その後、元のコラム記事そのものを全削除したようです」(政治部記者)
高市事務所に削除の理由などについて聞くと、「HPそのものをシンプルにするための見直しを行った」と文書で回答。
そもそも高市首相の政治姿勢はこれまで何度も変わってきた。自民党ベテラン議員が語る。
「政治家が発言を変えるのは当たり前。社会状況が違えば必要な政策も変わる。これまで増税を容認しながら、堂々と『減税は悲願』と言ってのけるのが彼女の非凡なところだ。あの一言で選挙の争点を完全に潰した」
神戸大学時代、軽音楽部でヘビメタバンド(ドラム担当)を組み、バイクと音楽で青春を謳歌していた彼女は、塾生になると月々の資金が与えられる松下政経塾の面接に神戸から茅ヶ崎まで革のツナギを着てバイクで駆けつけた。面接官だった先輩塾生の野田佳彦氏(中道改革連合・前共同代表)は、「ヘルメットを取ったら長い髪がたなびいて、かっこいいなと思った」と彼女の第一印象を振り返っている。
本誌コラム連載で「文書通信交通費を没収せよ」
1989年12月からは本誌・週刊ポストで「高市早苗のアズ・ア・タックスペイヤー」と題したコラムを連載。そこでは、「こんな参議院はいらない」「議員の文書通信交通費を没収せよ」などの持論を展開していた。
1993年総選挙に無所属で出馬、当選すると自民党離党組の政策集団リベラルズとともに柿沢弘治・元外相が率いる自由党結成に参加した。初当選の頃の高市氏に現在のようなタカ派の顔は全くない。