住民減少でつながり希薄に 整備から10年、茨城の復興住宅の今

東日本大震災で被災した北茨城市は2014年4月~16年1月、被災者向けの災害公営住宅(復興住宅)を整備した。入居から10年以上がたち、当初描いた理想像とは異なる実態が見えてきた。
入居の被災住民、10年で4割弱減少
記者は2月下旬、北茨城市大津地区の復興住宅を訪れた。棟の1階にある集会所をのぞいたが、冷え切った部屋には誰もいない。この棟に住む女性は「最近、集会所はあまり使われていませんよ」と教えてくれた。
「整備当初からの住民が減り、つながりが薄れてしまった。自治会はあるけれど会費を渋って入らない人、『俺は誰の助けも受けない』って交流を嫌がる人もいるし」と苦笑した。
市内5カ所にある復興住宅全9棟(計144戸)にはそれぞれ集会所が設けられた。震災で住居を失い、慣れ親しんだ地域のコミュニティーから切り離された被災者らが、新たなつながりを築けるようにとの配慮だった。
毎日新聞は16年3月、大津地区の同じ復興住宅を取材している。自治会長だった女性(当時72歳)は集会所で友人らと笑顔で写真に納まり、こうコメントした。
「集合住宅だから隣の人との距離はむしろ縮まった。すれ違えばあいさつもするし、少し顔を見ないと思えばピンポンを押してみる。復興住宅に入ったことをプラスに考えなきゃ」
それから10年。市などによると、復興住宅で暮らす被災住民は15年7月の140世帯から、25年10月には89世帯となり、10年で4割近く減少した。
主な減少要因は高齢化に伴う死亡で、取材に応じた自治会長の女性も約1年前に80歳で亡くなったという。被災者だけでは空き室が埋まらなくなり、現在は一般住民36世帯が入居している。
家賃値上げで退去する人も
家賃の値上げも退去につながっている。
公営住宅は本来、低所得者や高齢者などに安い家賃で住宅を提供する制度だ。公営住宅法は月収が基準額(一般世帯で15万8000円)を超え、3年以上住む入居者を収入超過者と定めている。収入超過者は周辺相場を基にした家賃に引き上げられ、退去に努めるよう求められる。
公営住宅を巡って国土交通省は、大都市圏を中心に応募倍率が高止まりし、低所得者の入居が妨げられている現状を問題視。24年に全国の自治体に、収入超過者に対し面談や文書で退去の努力義務があることを認識させるよう要請した。
北茨城市では、これまで被災者への配慮などから収入超過者の家賃を引き上げずにいた。しかし、復興住宅の供給開始から10年が経過した24年4月を節目に、3~5年をかけて段階的に本来の額まで引き上げることにした。合わせて、収入超過者である住民に通知する文書の送付を始めた。
市内の公営住宅には空き室があり、低所得者が利用できない状況ではない。低所得者に対する家賃低減策は継続している。ただ、公共サービスの平等な提供という観点から、市都市計画課の鈴木健一課長は「(収入超過者に対する家賃引き上げなどに)取り組まなくてはならない時期が来た」と話す。
一方、市から収入超過者の通知を受けたという60代の女性入居者は肩をすくめる。「津波で家とコミュニティーを失った。ようやく生活を立て直したのに、退去したらまた振り出しに戻る。稼ぎがある若い世代は復興住宅を去り、年金暮らしの高齢者しか残れない」
半数以上が60歳以上の単身者
住民の孤立は進んでいる。市によると、現在復興住宅に住む被災者89世帯のうち半数以上が60歳以上の単身者。市は、福祉サービスなどを通じて生活実態の把握に努めている。
「最近、あの人の姿を見ないけれど、確認してもらえないか」
住民同士の結びつきが弱まる中、年に4~5回、そんな問い合わせが市に舞い込む。職員が確認に訪れると居住者が入院中だったり、寝込んでいたりで「ほとんどは取り越し苦労に終わる」(担当者)。それでも「1年に1度あるかないかのペース」で孤独死している住民が見つかるという。【田内隆弘】