高市早苗首相がトランプ米大統領との首脳会談で打ち出した、日米関税合意に基づく対米投融資の「第2弾」は、総額最大730億ドル(約11・5兆円)に達する巨額案件となった。日本側は、トランプ氏が推し進める「米国を再び偉大に(MAGA)」政策の根幹への関与を通じ、「最強の相棒」の地位を確保することができたとみているのだろう。しかしその裏側には、巨額の資金負担リスクと、気まぐれの「トランプ政治」に国家の命運を委ねるという極めて不確実性の高い「賭け」が潜んでいる。(共同通信編集委員兼論説委員 内田恭司)
▽次世代原子炉の標準化狙う
3月19日、米ワシントンでの日米首脳会談で合意された「第2弾」の投融資計画は、日本の先端技術を米国の将来の産業基盤に深く組み込む内容となった。その柱となるのが、次世代原発である小型モジュール炉(SMR)と、高効率の天然ガス発電所の建設だ。
日本側が最大400億ドル(約6兆円)を投じるSMR建設は、テネシー州やアラバマ州といった共和党の強固な支持基盤である「ディープレッドステート」が候補地となっている。これらの地域が選ばれた背景には、人工知能(AI)データセンターの急増に伴う旺盛な電力需要に加え、テネシー州では、テネシー川流域開発公社(TVA)が既にSMRの建設許可を申請しているという事情がある。
参入する日立製作所とGEベルノバの合弁会社にとっての大きなメリットは、将来の世界展開を見据え、商用化や標準化に向けた実績を米国で積み上げられる点にある。導入が想定される日立の「BWRX-300」は、安全性と経済性に配慮した簡素な設計により規制当局の承認を得やすく、コスト競争力でも優位にあるとされる。 日本政府としても、米国での成功例を「逆輸入」することで、国内における原発リプレース(建て替え)への理解を醸成したい思惑もあるだろう。
ペンシルベニア州やテキサス州で計最大330億ドル(5.5兆円)をつぎ込む天然ガス発電所建設の参入企業名は不明だが、三菱重工をはじめ日本企業の技術水準は高い。 候補地のうちテキサス州は共和党の支持基盤であり、もう一つのペンシルベニア州は激戦州であるがゆえに、11月の中間選挙を控えたトランプ氏にとって、産業振興と雇用創出の面でアピールできる実績となる。
米オハイオ州で火力発電所の起工式に出席した孫正義氏(中央)とラトニック米商務長官(右)=3月20日(共同)
▽「独占参入」で相乗効果を期待
この流れは、2月に発表された「第1弾」に連続するものだ。総額約360億ドル(5・5兆円)規模の初弾は、オハイオ州における全米最大級のガス火力発電所建設が中核となっている。核兵器用ウラン濃縮工場跡地への立地が想定されており、ソフトバンクグループの孫正義会長兼社長らが主導する巨大AIデータセンター建設と密接に連動している。
一連の対米投融資で注目すべきは、高市政権がトランプ政権の「関税圧力」を逆手に取り、巨額の資金拠出と引き換えに米国の「再工業化」に深く関与する立場を得ている点である。 対米交渉に関わる日本政府高官は「米国にとって『国策中の国策』であるエネルギーインフラ市場に、日本は官民一体で独占的に参入する権利を得た」と言い切る。本来であれば国際競争入札に付されるべき案件であっても、「日本は『投資家兼施工主』という立場で、収益性の高い米市場にいち早く参入できた」という。 しかも、この枠組みは高市政権が掲げる「サナエノミクス」の中核である「戦略的・危機管理投資」との相乗効果も見込まれている。首相官邸が「日本は関税という外圧を使って、したたかに立ち回ることができた」(高官)と受け止めているのは間違いない。
実際、この「日米蜜月」を前に、韓国は焦りを感じているようだ。原発プラント建設を巡っては、韓国は「最大の競争相手の一つ」(日韓関係筋)とされ、李在明政権は3500億ドル規模の対米投資を掲げてトランプ氏との距離を縮めようとしている。 だが、「実用主義外交」を前面に出しながら、中国との関係維持を前提とする韓国の「戦略的曖昧さ」は、トランプ政権にとって依然として「チャイナリスク」と映る。さらに韓国は6月に統一地方選を控え、結果次第では政権内で左派勢力の影響力が強まり、外交方針が揺らぐ可能性もある。
欧州連合(EU)に目を向ければ、フランスは原子力、ドイツは重電関連で主導的地位を自任するものの、エネルギー分野においては、環境規制を巡る理念的対立によりトランプ政権との溝が深い。このためEUは、域内でのSMR標準化を進め「日米連合」に対抗する方向へと軸足を移しつつあるようだ。
米アラスカ州の原油輸送のパイプライン=2025年5月(ゲッティ=共同)
▽中間選挙へ「第3弾」の後押しも
こうした中、高市政権は中間選挙を見据えて「第3弾」、場合によっては「第4弾」の追加投融資の検討を加速させている。7月4日の米建国250周年に合わせての式典に高市首相が招かれるかは不透明だが、日本側はこうした日程も踏まえ、追加案件の発表時期を見極めていくだろう。
想定されるのは、今回の首脳会談の共同文書で、今後の「重要かつ有望プロジェクト」とされた大型原子炉や原油インフラの整備だ。 大型原子炉については、米ビッグテックが関わる既存原発の再稼働や建て替えが有力視される。マイクロソフトが権益を確保したスリーマイルアイランド原発(ペンシルベニア州)が候補となれば、この原発にはかつて重大事故を起こした原子炉があるだけに、日本にとっても原発再推進の象徴としての意味合いを帯びることになる。 原油インフラでは、今回の会談で合意されたアラスカ州での増産は候補になりそうだ。ホルムズ海峡を通らず、約12日間で輸送可能な「アラスカ・日本ルート」の確立は、日本にとって大きな戦略的利点になる。
さらには、月探査の「アルテミス計画」に関連する宇宙開発や、次世代ミサイル防衛構想「ゴールデン・ドーム」といった分野への関与強化もあるかもしれない。いずれも米国の威信と未来を象徴する領域だ。
9月から10月にかけて中間選挙の選挙戦は激しさを増す。高市首相がトランプ氏とのさらなる関係強化を図るため、共和党勝利に向けた「最後の一押し」を演じようとするかもしれない。
1979年3月28日に炉心溶融事故を起こしたスリーマイルアイランド原発=2019年3月、米ペンシルベニア州(共同)
▽「負の遺産」となる恐れ
だが、こうした前のめりの対米投融資は当然、大きなリスクを伴う。高市政権が抱える「負の側面」も直視しなければならない。
第一に、関税合意と投融資のスキームそのものが米国に圧倒的に有利になっている点だ。日本は総額80兆円超の投融資に責任を負う一方、利益は米国側の方が多く受け取る仕組みとなっている。しかも、事業が破綻すれば日本側が一方的に損失負担を迫られる恐れがある。 この利益分配とリスク負担の非対称性は看過しがたく、「令和の不平等条約」との批判は説得力を持つ。 例えば、次世代原子炉の建設は米国における「初号機」となる可能性が高く、技術的リスクに加え、建設コストの膨張も懸念される。計画が遅延や頓挫した場合、資金回収が困難になるだけでなく、その負担の多くが日本側にのしかかる。
第二に、トランプ氏個人への依存リスクだ。今回の合意が「個人的ディール」の性格を強く帯びている以上、中間選挙後の政治情勢の変化によっては、これらの投融資が「トランプ政権の負の遺産」として切り捨てられるリスクは排除できない。
さらに、国内への還元と国民の納得感も大きな課題だ。巨額の資金が米国に投じられる一方で、それが日本の経済成長や物価高対策に結びつかないのであれば、国民の不満が高まるのは避けられない。
高市政権に問われているのは、このハイリスクの対米投融資が、日本の経済成長やエネルギー自給、ひいては「豊かで強い日本」の実現に資するものであることを継続的に示し、最終的なリターンを国民にもたらすことだ。 トランプ氏という特異な指導者に伴走することで、日本は新たな機会を手にしたとも言える。しかし同時にその選択により、一歩間違えれば引き返すことのできない深みへと踏み込んでしまったのかもしれない。
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内田恭司 1991年共同通信入社。千葉、岐阜支局などを経て99年政治部。郵政政局や民主党による政権交代、「安倍1強」政治のほか、日朝交渉を取材。政治部担当部長などを務め2022年から現職。共編著に「証言 小選挙区制は日本をどう変えたのか」(岩波書店)。