2022年7月に奈良市の近鉄大和西大寺駅周辺で選挙応援演説中に凶弾に倒れた故・安倍晋三元首相の「安倍晋三回顧展」が、来月4日から東京都内、17日から奈良市内で開催される。
昨年7~8月にクラウドファンディングで開催資金が募られ、約2000人から5000万円を超える寄付が集まった。同回顧展では、遺品や身の回りの品々が展示予定され、安倍氏の足跡や人柄を垣間見ることができる。
日本の憲政史上、最も長く首相を務めた安倍氏は、政治家として大きな足跡を残し、命懸けで政治家を全うした。常に、危険と隣合わせの総理大臣だが、暗殺された歴代総理大臣は安倍氏に限らない。
2022年7月の時点で内閣総理大臣経験者は64人おり、そのうち7名は在任中または退任後に殺害されている。現職首相としては、第19代原敬氏、第27代浜口雄幸氏(退任後に死亡)、第29代犬養毅氏の3人が暗殺された。また、退任後も含めると初代・第5・7・10代伊藤博文氏、第20代高橋是清氏、第30代斎藤実氏、そして第90・96 – 98代安倍氏の4人が殺害された。
「平民宰相」とも呼ばれた原氏は1921年11月に、東京駅の改札付近で周りを取り囲んでいた群衆のなかから鉄道省職員が現れ、短刀を原氏の右胸に突き刺した。原氏は自宅へ運び込まれて治療を施されたが、突き刺された傷は右肺から心臓に達しており、ほぼ即死状態であったという。
「ライオン宰相」の異名もとった浜口氏は1930年11月、東京駅で右翼活動家に銃撃された。一命はとりとめたものの療養生活を余儀なくされ、首相を退任したのちの翌31年8月に死去した。
文部大臣や逓信大臣なども歴任した犬養氏は1932年5月、首相官邸で青年将校が起こしたクーデター(五・一五事件)の最中に銃撃された。即死は免れたものの、その夜に亡くなった。
明治期の政治家であり初代内閣総理大臣でもある伊藤氏は1909年10月、清国・ハルビン駅で、大韓帝国の民族運動家によって射殺された。この日、伊藤氏はロシア帝国蔵相のウラジーミル・ココツェフと会談するために同地を訪れていたが、駅のホームで群衆にまぎれた民族運動家の男が伊藤氏に近づき至近距離から拳銃を発砲した。
「だるま宰相」とも呼ばれた高橋氏は1936年2月、自宅の二階で陸軍青年将校が起こしたクーデター(二・二六事件)の最中に射殺。そして、犬養氏の暗殺後に首相を務めた斎藤氏も、高橋氏と同日に射殺されている。
政治テロリズムとしての内閣総理大臣に対する襲撃行為には、政策を一転させるような影響はなく、むしろ逆効果であるともいえる。いずれにせよ、ご冥福をお祈りしたい。