高市首相、河野洋平氏死去に「与野党の協調を重んじながら公正かつ円滑な議会運営に尽くされた」…党派超え悼む声相次ぐ

河野洋平氏は衆院議長時代、野党との信頼関係に配慮した円満な国会運営に尽力した。「ねじれ」状態の国会を円滑に進めるため、民主党(当時)出身者とも対話を重ねた。突然の訃報(ふほう)に党派を超えて悼む声が相次いだ。
高市首相(自民党総裁)は10日、X(旧ツイッター)に「与野党の協調を重んじながら公正かつ円滑な議会運営に尽くされた」と投稿し、議長としての河野氏の功績をたたえた。
河野氏は2003年11月に衆院議長に就任した。公正な国会運営が与野党から評価され、05年9月には再選された。07年の参院選で民主党が大勝し、衆参で第1党が異なる「ねじれ」状態となった際には、民主党出身者を含む衆参両院の正副議長で粘り強く協議を続け、局面打開に注力した。
大島理森・元衆院議長は読売新聞の取材に対し、「河野氏から公平公正な(国会)運営の大事さを学んだ」と別れを惜しんだ。河野氏が議長だった当時、大島氏は自民の国会対策委員長で、「参院議長と話し合うなど大変な苦労をおかけした」とも振り返った。
野党からも追悼の声が上がり、中道改革連合の階幹事長も「保守の政治家であると同時に、寛容と包摂の精神を持ったリベラルな政治家で、大変尊敬していた」と取材に語った。
一方、官房長官時代に発表した河野談話は、「いわゆる従軍慰安婦」という表現を使用し、強制連行があったかのような誤解を広めて問題を複雑化したとも指摘された。