水害の記憶つなぐタイムカプセル 50年ぶりに確認 三重・伊賀

水害から逃れようと明治時代に集団移転(避水移居)した三重県伊賀市小田町で、移居100年を記念して埋めていたタイムカプセルが、約50年をへて掘り出された。安心安全を目指した150年前の大事業に思いをはせ、住民らは作業をした。近くふたを開けカプセル内部の状態を確かめる。
旧小田村は江戸時代末の1854年の伊賀上野地震による地盤沈下もあり他の村とともに水害に苦しめられていた。明治になって間もない1870年、「午(うま)年の大水害」が起こる。
移居を決意した住民らの移転事業が71年に始まり、小田村は73~77年、約200戸が東北方向に約500メートル離れた元の集落より高い場所に移ったという。現在は合併して伊賀市小田町だが、町内の移転先に「明治屋敷」の小字名が残る。
1976年12月に当時の自治会が「避水移居100年祭」を催した。77年1月に一緒に移転した平井神社の旧小田小学校本館寄りの境内に、直径約1・2メートルの強化プラスチック製のタイムカプセルを埋めた。中身は約300戸から託された「我が家の記録」、当時の新聞、雑誌、統計資料などとみられている。
小田町自治会の住民らは5月24日、スコップで掘り進め、地中約1メートルでカプセルのふた部分に到達し場所を確認。シートで上部を保護して31日に小型重機も使って掘り出し、トラックで小田地区市民センターに運んだ。
本格的に開封しての中身の整理は今後の作業で、一部を地元の秋の文化祭で展示する企画も持ち上がっている。副会長の山本哲生(のりお)さん(65)は「洪水から逃げた避水移居の歴史を知り、防災の再認識につなげたい」と話した。
タイムカプセルは元々100年後の開封が計画されていたが、内部確認と計画の継承のため、掘り出した。別の場所に再び埋設し、次の開封を50年後にしてトータル100年後とする案が検討されている。【大西康裕】