《左手に花柄タトゥー》「美人で有名だった」母親の死去、インドネシア人男性と離婚…茨城「唇縫い付け事件」櫻井政恵容疑者(50)の過去

〈 「助けてください」元夫の家で8歳下・同居女性の唇を縫い付け…櫻井政恵容疑者(50)の“猟奇的すぎる犯行”が発覚するまで 〉から続く
唇を縫われた状態で商店に駆け込み助けを求めた女性。前代未聞の猟奇的事件の犯人として逮捕されたのは、今年50歳になる櫻井政恵容疑者だった。息子2人と被害者姉妹と同居した「恐怖の館」で一体何が起きていたのか?
櫻井は1976年7月、古河市内の産院で生まれた。彼女の生い立ちを知る地元住民が語る。
「あの家庭は少し複雑でね。美人で有名だった母親が、いろんな男とくっついたり離れたりして、各地を転々としていたんです。政恵ちゃんは5人きょうだいの2女で、上には姉と兄、下には双子の姉妹がいましたよ」
「万引き癖が酷くて」「誰からも好かれる人気者」
学生時代には非行に走ることもあったようだ。
「政恵ちゃんは万引き癖が酷くてね。いわゆる児童養護施設みたいなところから学校に通っていた時期もある。根はいい子なんだけど、そういう問題があったのも事実です」(同前)
実家の近くに住む親しい知人はこう振り返る。
「政恵は母親似の美人と評判でしたよ。当時は今より痩せていて、母親と一緒にスナックを切り盛りしていました。客のあしらいが上手くて、印象的なのは、酔客に『体壊すから、今日は帰ってまた明日来ればいいのよ』と優しく声をかけていた姿。人当たりがよくて、誰からも好かれる人気者でした」
20歳を前に母が亡くなり…
だが、櫻井が20歳を迎える約5カ月前、慕っていた母が早世する。
「母親が亡くなった後、政恵は通帳を見ながら『これじゃあな……』と呟いていた。当時まだ小学生だった妹たちの進路を気にかけていたようです。2人の妹には苦労をさせたくないという気持ちが人一倍強かった」(同前)
インドネシア人と結婚→離婚
スナック勤務のほか、地元のダンスホールで踊り子として働いていた櫻井。今も同居する息子2人は、スナックで出会ったインドネシア人の元夫との間に生まれた子供だという。
「元夫とは交際期間も含めると10年以上の付き合いで、彼の故郷・バリ島で盛大な結婚式を挙げていた。その後、文化の違いや性格の不一致で離婚しましたが、元夫は息子たちに自転車を買ってあげるなどしており、今も慕われているそうです」(櫻井の知人)
左手の目立つ位置に花柄のタトゥーがある櫻井は、出産後の勤め先がなかなか見つからず苦労したという。自身のSNSで悩みを吐露することもあった。
《この続きでは被害女性と同居生活を送るまでの櫻井容疑者の人生遍歴、同居生活に関する目撃談などを詳しく報じている。記事の全文は「 週刊文春 電子版 」で読むことができる》
(「週刊文春」編集部/週刊文春 2026年7月23日号)