アジア最大級の犯罪集団といわれる中国系組織「プリンス・グループ」の幹部とみられる男が、日本で身柄を拘束された。中国出身のフー・シー容疑者(44)。虚偽の転入届を役所に提出した疑いなどがあり、警視庁に逮捕された。米英政府から厳しい経済制裁を科される中、日本を「安全な国」とみなして永住権取得を目指していたという。 フー容疑者は決してひっそりと「潜伏」していたわけではない。正規の在留資格を所持し、堂々と出入国を繰り返していた。 プリンスは世界各国の人々をだまして監禁し、特殊詐欺などをさせていたとされる。その裏で幹部とみられるこの男は日本で高級なホテルやレジデンスを転々とし、多くの取り巻きに囲まれながら優雅な生活を送っていた。 「正直、なめられていた」(日本政府関係者)。在留資格の審査は果たして適正だったのか。入管制度の在り方が問われる可能性がある。(共同通信=坂口貴)
▽米英経済制裁直後に入国
米財務省によると、プリンスは本社があるカンボジアに複数の拠点を置いていた。各国の人々を高額報酬をうたう偽求人で勧誘。拠点に監禁し、特殊詐欺などの犯罪に従事させていたといわれている。
そんな巨大組織の中で、会長のチェン・ジー(陳志)氏の指南役を務めていたとされるのが、フー容疑者だ。 フー容疑者は複数の国籍を持ち、いくつもの名前を使い分けていたとされる。今回の逮捕時には、地中海東部の島国キプロスのパスポートを所持していた。
日本には、米英のようにプリンス側に制裁を科す根拠となる法律がない。「それでも、国際社会が犯罪集団と名指しする組織の活動を、だまって見過ごすわけにはいかない」(捜査関係者)。警察当局は、プライベートジェット機を使い、日本に出入りを繰り返すフー容疑者の動向に大きな関心を寄せていた。
フー・シー容疑者が代表取締役を務める会社が入るビル=6月、東京都千代田区
▽「誰だこれは」現れたのは別人
事態が動き始めたのは昨年10月18日。フー容疑者が再び来日してからだった。米英が4日前の10月14日にプリンスに経済制裁を科したばかりのタイミングだった。
フー容疑者が代表取締役を務める東京都千代田区の会社の登記簿では、当時の住所は大阪府吹田市の大豪邸。しかし、捜査関係者によると、実際には取り巻きに世話をされながら、高級ホテルなどを渡り歩く生活を送っていた。
そんな中、警察当局はフー容疑者が今年の4月に東京都中央区へ転入届を出したとの情報を入手した。 関連する手続きをするために、再び区役所を訪れるかもしれない。現地で警戒していた5月27日、フー容疑者を名乗る男がマイナンバーカードの住所変更手続きに訪れた。
「誰だこれは」。捜査員は目を疑った。
現れたのは、後にフー容疑者の共犯として逮捕されることになる中国籍の会社員、李垠宏容疑者(31)だった。普段からフー容疑者と行動を共にしている取り巻きの中でも末端に位置する人物。成り済ましだった。 「フー(容疑者)の指示に違いない」 国際社会が注目する犯罪組織の重要人物が、日本の法を犯した疑いが生じた瞬間。「見逃すわけにはいかなかった」(捜査関係者)。
▽匿流対策本部とT3
くしくもフー容疑者が来日した昨年10月、日本の警察は、特殊詐欺などに関与する匿名・流動型犯罪グループ(匿流)の首謀者らの摘発に向け、体制を強化していた。 警視庁は、捜査対象の選定や摘発の戦略立案を担う「匿流対策本部」を新設し、全国の警察から集めた精鋭の専従捜査員による「匿流ターゲット取り締まりチーム」(略称T3)も発足させていた。 今回の捜査も、対策本部の調整でT3を投入。フー容疑者の周辺を地道に捜査し、今年6月14日の1回目の逮捕にこぎ着けた。 容疑は電磁的公正証書原本不実記録・同供用。居住実態がない東京都中央区に転入届を提出したという嫌疑だった。
▽高度専門職
「永住権を取るために住民票を移した」 「安全に暮らせる場所がほしかった」 「日本が好きだった」
入管難民法違反容疑で7月5日に再逮捕されたフー容疑者は、こう供述したという。
フー容疑者は2023年から28年までの正規の在留資格を所持していた。「高度専門職1号(ハ)」と呼ばれ、企業経営などを担う人が条件を満たした場合に与えられるものだ。 そして、フー容疑者に成り済ますなどし、共に逮捕された李容疑者の資格は「高度専門職1号(ロ)」。企業などで専門知識を活用する人が対象の資格だった。
高度専門職という在留資格は、高度なスキルを持つ外国人の受け入れを促進するために導入された制度で、一般的な就労資格より活動制限が緩和される。学歴や職歴、年収などによってポイント化され、一定の基準をクリアしないと取得できない。 捜査関係者によると、フー容疑者の会社の実態は不明で、従業員の一人は取材に対し「今まで(フー容疑者を)見たことがない」と証言した。李容疑者は末端の取り巻きで、どのような高度なスキルを生かして日本で活動していたのか分からない。
本当に基準を満たしていたのだろうか。
捜査関係者によると、国際的な犯罪への関与が疑われる人物の在留資格を調べると、少なからず高度専門職の人がいるという。 実際、無許可でタクシー営業をする「白タク行為」をしたとして、7月10日に警視庁に現行犯逮捕された中国籍のシステムエンジニアの男の在留資格も高度専門職だった。 ある日本政府関係者は「少子高齢化が進む中、外国人労働者の重要度が増しているのは確かだ。しかし、入管制度が悪用されている疑いがある」と指摘する。 排外主義には決して陥ってはならない。ただ、今のままの制度でいいのか。この機会に見つめ直す必要がありそうだ。