広島県医師会と広島市医師会は8月1日から県医師会館(同市東区)で、被爆2世の医師15人による被爆体験の伝承手記を展示する。手記を寄せた隅田伸二さん(64)=広島市西区=の父正二さん(100)は「人生を変える戦争への反対を続けてほしい」と思いを託した。
正二さんは当時、旧制広島高(現広島大)2年で1945年8月6日朝、学徒動員で呉市の海軍工廠(しょう)に向かった。翌日、帰省が許され、宇品港から己斐(現西区)の実家に向かう途中、多くの遺体や苦しむ人を横目に歩き続けた。「正気を失っていた」と振り返り、翌日からは己斐国民学校(現己斐小)の校庭に溝を掘り、遺体を埋め続けたという。
正二さんは「軍国少年で南京やシンガポールの陥落の度に万歳し、日本が勝つと信じていた。理性を失い、あの地獄を生み出す可能性がある戦争は決してしてはいけない」と語る。
戦後、耳鼻咽喉(いんこう)科の医師になり、引退後は講演で被爆体験を語った。病院を継いだ隅田さんは約10年前から、正二さんの体験を聞き始めた。今回、被爆した母親(89)、当時46歳で被爆直後に亡くなった祖父の体験も手記にまとめた。
隅田さんは「両親は少しの運命の差で原爆を生き抜いた。親世代は大変な体験をした分だけ平和を希求する心は強く、その心を受け継いで次の世代に伝えていくことが責務だ」と話す。
医師会館での展示は、隅田さんのほか、父親のトラウマ(心的外傷)に関する精神科医の思いをつづった手記などを公開する。県医師会の松村誠会長(76)は「未来の命を守る責務として、広島の医師が伝える被爆の実相と平和への願いを感じてほしい」と述べる。
平日午前9時~午後5時。入場無料。8月1日午後4時からオープニングセレモニーがあり、医大生ら4人が手記を朗読する。【関東晋慈】