解散から投開票日までの期間が戦後最短となった今年2月の第51回衆院選。2月8日に即日開票され、自民党は公示前の勢力から大きく伸ばして単独で定数465の3分の2を超える議席を獲得し、圧勝した。ただ、現在の制度には不備があり、仕事などで海外に住む人たちの一定数は、一票を投じたくてもかなわなかった。 投票できなかったドイツやカナダ在住の邦人4人が7月、東京地裁に提訴した。国が適切な制度構築を怠ったのは憲法違反だとして、国家賠償などを求めている。4人はいずれも郵便投票を利用したが間に合わず、国際郵便事情に照らせば選挙権を行使できない事態が生じ得ることは明白だったのに、選挙権行使を妨げられたと主張する。 在外邦人の選挙権は、当事者が声を上げて拡大してきた経緯がある。今回の訴訟で、またも制度の改善につながるのか。(共同通信=広川隆秀)
メディアのインタビューに答える自民党総裁の高市早苗首相=2026年2月8日、東京・永田町の党本部
▽海外から投票する2つの方法 海外在住の有権者は、在外選挙制度を使うことで、その国にいながら投票することができる。制度は在外選挙人名簿に登録されている人が利用でき、大使館や総領事館などの在外公館に出向くか、登録地となっている日本の市区町村の選挙管理委員会に請求して投票用紙を送ってもらい、記入後に郵送する。 ここで問題となるのが、郵送にかかる日数だ。今回の原告らは、最も早い国際郵便サービスでも通常1~2週間程度を要すると主張する。衆院選の場合、選管が用紙を発送するのは解散日以降が原則で、選挙運動期間は12日。すると、解散から投開票日の期間が短いほど、郵便投票だと間に合わないリスクが増す。2月衆院選は解散から投開票日まで16日しかなく、戦後最もタイトだった。 原告4人は、在外公館に投票に行くには飛行機などで長距離の移動を強いられるため、郵便投票を選択した。うち1人は投開票日を過ぎて選管から投票用紙が届き、3人はそれぞれ国内自治体の選挙管理委員会に返送したが、受理が間に合わなかった。
外務省HPにある在外選挙の説明
▽在外公館まで行けない 原告でドイツ在住のショイマン由美子さんは、国際協力活動をする非政府組織(NGO)職員として、アメリカやカンボジアでの滞在を経験。海外在住歴は今年で23年目になる。2004年に在外選挙人名簿に登録して以降、主に在外公館に出向いて欠かさず投票してきた。 現在住む自宅から最寄りのフランクフルト総領事館までは鉄道で往復約8時間、約100ユーロ(1万9千円)を要する。2月衆院選は、感染症にかかり体調を崩したことも重なり郵便投票を選んだ。
オンラインで取材に応じる原告のショイマン由美子さん=7月9日
▽無効票にもならない一票 ショイマンさんは、1月上旬に衆議院の解散があるのではないかとの報道に接したことから、高市早苗首相が正式表明する前の1月14日に国内の選管宛てに追跡記録が付く国際書留で投票用紙の請求書を発送した。1月26日に選管に到着し、1月28日に選管が投票用紙を発送。ショイマンさんの手元には2月3日に届いた。この時点で5日後の投開票日に間に合わないことは明らかだったが、返送した。「せめて無効票としてもらえれば」 最終的に選管に届いたのは2月12日だった。選管からは急な解散で十分な日数を確保できなかったことへの謝罪と共に、ショイマンさんの票の扱いも説明された。「無効票としてもカウントできない」。選挙のために費やした手間や郵便代は無駄になった。 2月衆院選では、郵送による在外投票が間に合わなかった人の数が過去最多となった。締め切りまでに投票用紙が届かなかった割合は小選挙区で27・7%で、制度利用が可能になった2009年以降で最も高かった。これについて、高市首相は3月の参院予算委員会で、衆院を解散した際、在外投票への影響について「十分考慮した」と述べている。
▽問題を司法の場へ 公共訴訟を手がける「LEDGE(レッジ)」は衆院選後、緊急のオンラインアンケートを実施した。49の国と地域で暮らす約400人の在外邦人から投票できない窮状を訴える声が届いた。そこで、在外邦人の選挙権行使が妨げられたと司法に訴えを提起した。投開票日までに投票用紙を到達させることは事実上不可能だとし、精神的苦痛を被ったとして1人当たり1万円と、郵便代を請求している。 ショイマンさんは、訴訟に参加した理由をこう話す。「意思表示できなかったのが本当に悔しい。若い世代に、当時の大人たちはなんであの時に声を上げてくれなかったんだろうと言わせたくない」
▽続く違憲判断、在外選挙権が拡大 もともと比例代表に限り投票が可能だった在外選挙権は、憲法違反を訴える当事者の声が認められて拡大してきた。 1996年実施の衆院選で投票できなかった在外邦人13人が国を訴えた訴訟では、最高裁大法廷が2005年、比例代表しか認めていない公選法の規定は憲法違反と判断。2007年6月に改正公選法が施行され、選挙区でも投票が可能になった。 その後、別の在外邦人5人が、2017年の衆院選と同時に行われた最高裁裁判官の国民審査の際、審査用紙が配られず、投票できなかったとして国を訴えた。この訴訟で最高裁大法廷は2022年、「違憲」と判断した。これを受け、2022年11月に国民審査法が改正され、在外邦人も投票が可能になった。 ショイマンさんらの代理人を務める戸田善恭弁護士は、今回の訴訟を次のように位置づける。「在外投票制度は、いろんな先輩たちの積み重ねによってでき、その中で司法が果たしてきた役割は非常に大きい。この訴訟も、それに連なる非常に重要な節目になる」