2019年4月19日、東京・池袋で起きた高齢ドライバーの暴走事故。愛する妻と長女を一度に奪われ、絶望のなかで泣き崩れた遺族の松永拓也さん。加害者の逮捕を求める声が上がる一方、身柄拘束に踏み切らない捜査への不信や、やり場のない怒りと葛藤のなかで、松永さんが警察官の前で見せた「心の叫び」とは――。
記者として長年、同事故を取材してきたTBSテレビの守田哲氏の新刊『 池袋高齢者暴走事故 遺族と加害者家族の2060日 』(文藝春秋)よりお届けする。(全3回の1回目/ 続きを読む )
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「記者とどう向き合えばよいのかまだ自信がないんです」
時計の針を少し前に戻す。松永は八月三日の南池袋公園での署名活動の際、真菜さんの故郷である沖縄でも署名活動を行うと発表した。ただ、積極的に発信をする一方で、メディアの単独取材には慎重な姿勢を示していた。私が沖縄への同行取材を申し込むと、松永は回答を保留した。
「記者とどう向き合えばよいのかまだ自信がないんです。最近はストレスでヘルペスも出てきたので。申し訳ありません」
私から連絡するのは避けていたが、数日してから「取材を受けようと思います」と返事があった。松永と一対一で会ったことがなかった私は、事前に挨拶をしようと考え、出発の三日前、八月一四日の夜に実家を訪問した。
松永は事故後、実家で暮らしていた。整理整頓が行き届いた部屋に招き入れられ、供物が所狭しと並べられていた仏壇で焼香した。鴨居や壁など目につく場所に、家族写真がぎっしりと飾られている。部屋の柱には、莉子ちゃんの身長を計ったときの横線が引かれていた。
緊張しながら食卓に座る。左に松永、正面に父親、右に母親がいた。母親は小さな菓子をテーブルの上に置いた。
父親は大柄な短髪で、松永とは全く異なる強面だった。腕を組んだまま憮然とした表情で口火を切った。
「あいつはなんで踏み間違いを認めないの?」
「あのさ、飯塚が逮捕されなかったのは理解してるんだけど、あいつはなんで踏み間違いを認めないの? いつ書類送検されるの? 警視庁に聞いても肝心なところは教えてくれないし」
松永が「お父さん、記者さんにも言えることと言えないことがあるからさ」と取りなした。
これまで、警視庁交通捜査課や犯罪被害者支援室の警察官が何度も松永宅を訪れ、遺族に対して捜査に関する説明を行い、悩み事の相談にも乗っていた。
彼らの中で、松永が特に信頼を寄せたのが、交通捜査課でナンバー3の立場にある管理官の高橋哲だった。
告別式翌日の四月二五日、精神的に崩壊寸前だった松永は、高橋らに「加害者を見つけたら殴り殺してしまうかもしれない」と泣き崩れた。
四十九日法要の前日である六月五日は親族全員が精神的に限界の状態で、松永や両親、真菜さんの父・上原義教らは高橋に怒りを次々とぶつけた。
「なぜ逮捕しないんですか」「誰かが飯塚に悪知恵を入れているのでは」「ひき逃げではないのか」「危険運転ではないのか」「免許制度が問題だ」
高橋は守秘義務や核心的証拠に関わる部分については軽々に話すことができなかったが、大粒の涙を流しながら必死に説明を続けた。
警視庁は危険運転致死傷罪について、自動車運転処罰法第二条二号の「制御困難な高速度」、同法第二条七号の「赤信号を殊更無視」の適用を検討した。しかし、事故の原因を飯塚の過失が原因とみて、立件を見送っていた。
「私の心は、この紙と同じです」
そのとき、松永は高橋の前で白い紙をグシャッと丸め、再度広げた。
「私の心は、この紙と同じです。何度伸ばしても、皺が残って元の状態には戻りません」
高橋は大粒の涙を流した。
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妻と娘をなくした喪失感に苦しむ松永さんを救ったのは「義父の言葉」だったーー。
〈 「あのとき、東京に連れて来なければ」猛スピードの暴走車に跳ねられ妻と長女が死亡…《池袋暴走事故》喪失に苦しむ遺族・松永拓也さんを救った「義父の言葉」 〉へ続く
(守田 哲)