Q、保育者による不適切な関わりはどのような状況で起こるのか。 1、「壁ぺったんをして、ここで待っていてね」と長い時間待機させるのは(A)に当たる可能性がある A、答え「行動制限」…子どもに分かりやすい伝え方ということで「壁ぺったん」や「汽車ぽっぽ」などと言って、指示や一斉行動を促していませんか?
これは昨年度、東京都練馬区が区内の保育施設用に作成した指導資料の一部だ。これまで保育現場でよく使われていた「壁ぺったん」や「お口チャック」といった声かけ。これらが今、子どもの行動を強制する、不適切な保育と見なされる恐れがあるとして、保育現場から消えている。 昨年10月、国は保育園の職員らが虐待疑いを把握した際の自治体への通報を義務化。対策が進む一方で、「不適切」の定義が幅広く、現場からは戸惑いの声が漏れる。「不適切ばかり示され、適切が何かわからない」。日々、線引きに悩みながら子どもたちを接する保育の現場を取材した。(共同通信=伊藤怜奈)
▽914件
今年4月、千葉市にある民間保育園。昼寝の時間、ある保育士が園児を抱え、寝具に投げ落とした。園児にけがはなかったが、同僚が目撃していた。 「気になることがあるんです」。連絡を受けた運営法人が調査。すると園内に設置された「見守りカメラ」の映像に、同じ保育士が別の園児を転倒させたり、寝具から転がし落としたりする姿が映っていた。 「職員間の連携がうまくいかず焦っていた」と話した保育士は、園児の心身に悪影響を及ぼす不適切な保育をしたとして解雇された。
不適切な保育を巡っては、静岡県裾野市の保育園で2022年に発覚した虐待事件以降、議論が加速した。こども家庭庁が調べたところ、2022年4~12月、全国の保育所で確認された不適切な保育は計914件、うち90件が虐待と認定されていた。
提訴について記者会見する松江市の母親と父親=2024年9月、松江市内
▽「人質に取られたようで…」
松江市に住む母親(46)は2024年、5歳だった次女が、保育士にトイレに閉じ込められるなどして心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症したとして、損害賠償を求め保育士らを提訴した。
閉じ込めがあったとするのは2021年。きっかけは次女のある一言だった。 「保育園は怖いから行きたくない」 いつも通り登園しようと乗り込んだ自転車から、次女が突然飛び降りた。「大変なことが起きている」と感じた母親は、10日後には別の園へ転園させた。 ただ自治体への連絡は数カ月後、他の園児も同様の被害を訴えて転園したのを知った時だった。
母親は、裾野市の虐待事件以前は「子どもが人質に取られたようで強く訴えられない雰囲気があった」と振り返る。松江市も園側に是正は求めたものの、不適切とは認定しなかったという。 母親はこう感じる。 「当時は自治体の意識も甘かった。もっと早く対策が進んでいれば、対応は違ったかもしれない」
「ちとせ交友会」の山口和代統括園長=6月、東京都内
▽「お口チャック」もNG?
国はガイドラインの改訂で、不適切な保育という呼称を用いず、虐待に一本化した。ただ「日々の行為の延長に虐待がある」としており、現場は線引きに頭を抱える。
慣習になっていた声かけの見直しも一例だ。 たとえば、保育士が部屋の片付けや食事の準備をする際に、子どもたちに壁に寄って待っていてもらいたい―。そんな時、これまでは保育士が「みんな壁ぺったんだよ」と声かけし、待機を促していた。 ただ、こうした表現は子どもの権利擁護に配慮していないとして、冒頭で紹介した指導資料のように、不適切な保育と見なされる可能性がある。
相模原市で民間保育園の園長を務める男性は訴える。 「不適切のみ示され、適切が分からない。ネガティブな発信ばかりでは保育士も萎縮してしまう」 男性の園では静かにしてほしい時に使う「お口チャック」も改めた。「何かに見立てれば子どもが理解してくれる場面も多いのに」とつぶやく。
▽独自に「適切な保育」
保育士が自信を持って子どもたちと接することができるよう、独自に「適切な保育」を示す運営法人もある。全国74施設を運営する「ちとせ交友会」(東京都千代田区)は2024年、米国で開発された保育の質を総合的に測定する「ECERS(エカーズ)」という基準を参考に、独自に適切な保育を示した。 策定した37項目の中には子どもへの接し方だけでなく、室内のレイアウトや「同年齢の保育士と保育内容について交流する機会を持って連携している」といった保育士同士の交流頻度に関する内容もある。日々の点検を通して職員同士のコミュニケーションを増やし、問題や悩みを1人で抱え込まないようにする狙いだ。 担当した山口和代統括園長(59)は「保育の質を上げれば結果的に不適切な保育や虐待を防げる」と強調する。
園児と遊ぶ「ちとせ交友会」の山口和代統括園長=6月、東京都内の保育園
▽切り取りではなく
ちとせ交友会にはこれまで、保護者や地域住民から多くの意見が寄せられてきた。「1人で遊んでいる子がいた。かわいそうだ」という指摘もあった。 山口統括園長は「多くの人は保育士の仕事を理解し、コミュニケーションが取れている」とした上で、こう訴える。「1人遊びができるのは大きな成長と捉え、あえて邪魔をしないよう離れて見守っていることもある。一場面を切り取るのではなく、前後にある保育の意図も理解してもらえるよう、保護者や地域住民とコミュニケーションを取っていきたい」
民間団体「保育園を考える親の会」顧問の普光院亜紀さんは「保育士を萎縮させるほどの行き過ぎた規制はかえって逆効果だ」と指摘する。その上で、不適切かどうかの線引きについては「大人であれば刑事事件やハラスメントになる言動は不適切だ」と説明。 「『壁ぺったん』や『汽車ぽっぽ』といった特定の言動を取り締まるのは本質的な指導ではない。保育の意図や子どもがどう受け止めたかを丁寧に観察し、判断すべきだ」と話した。