「もし起きていたらアンタも殺されていたよ」自宅で継父が母の首を絞めて殺害…《静岡2女性殺害事件》被害者の長女が明かした「犯行当日の違和感」(平成17年の事件)

静岡県沼津市などで女性2人が犠牲となった「静岡2女性殺害事件」。犯人の桑田一也死刑囚により実の母親を殺められた被害者長女が、事件から14年の時を経て初めて当時の記憶を語った。
犯行当日、長女が母に見た「ある違和感」とは――。ノンフィクションライターの高木瑞穂氏の文庫新刊『 殺め人 』(鉄人社)より一部抜粋してお届けする。(全2回の1回目)
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初めて語られる犯行日前夜
「あのとき昼寝しててよかったね。もし起きていたらアンタも殺されていたよ」
結海さんは、あるとき祖母からそう言われたと振り返る。それはなぜか。あのときとはいつのことか。それを知るのは遺族のなかでも「私ひとりだけ」と前置きして結海さんが話してくれた。結海さんの証言などから、改めて犯行日前夜を詳しくたどる。
一家はまず、その少し前に御殿場市内の自宅一軒家から、犯行現場となった静岡・東部の清水町のアパートに移り住んでいた。アパートはメゾネットタイプで、1階は居間、2階は子ども部屋と夫婦の寝室だった。
いつものように居間で髪を結んでくれていたとき、家のこと頼んだよ、と紘子さんに言われたのは、紘子さんが行方不明になる朝だった。その言葉は、いつもは会話すらないなか「そんなこと初めて言われた」から、結海さんからすればどこか違和感があった。
「何かヘンな感じでした。いま思えば、殺される予感がして、ママは妹のこととかを『頼んだよ』と言ったのかも。なんか、お願いね、みたいな口調だったので」
「あのとき昼寝しててよかったね」と祖母が語った理由
結海さんは「ヘンなの」と思いながらも、2階の子ども部屋で妹の寝顔を見たあと、いつものように徒歩で小学校へ登校した。そして15時過ぎ、夕方前には帰宅すると、家には誰もいなかった。結海さんが言う。
「その日は水泳もダンスも、何も習い事がない日だったので、家に帰ってすぐに1階の居間で昼寝しちゃっていたんです」
桑田は、結海さんが帰宅するまでの間に、2階で紘子さんから生活苦を責められ、ついには首に手をかけて絞殺したことになる。だから結海さんはその現場を見たわけでも、気づいていたのにやり過ごしたわけでもない。
中学生のときも大人になってからも、母の実家に戻ると、ことあるごとに「あのとき昼寝しててよかったね」と祖母が口にしたのは、もし何かの拍子で起きてしまっていたら桑田の魔の手が結海さんにも及んでいたと思っているからだろう。
陽が落ちてから起きた結海さんは居間の灯りをつけた。正確な時間はわからないと言う。それでも、目が覚めてから少しすると、誰もいなかった家に、保育園帰りの妹と桑田の姿があった。
桑田の姿を見たのはそのときだけで、夜から翌朝まで、結海さんは妹と二人きりだった。覚えているのは台所にあった菓子パンを食べ、2階の子ども部屋のベッドで寝たことだけで、どう過ごしたかは覚えていない。
〈 殺された母の日記には「産まなきゃよかった」の文字…《静岡2女性殺害事件》被害者長女が18歳になってようやく気づけた【母の本当の気持ち】(平成17年の事件) 〉へ続く
(高木 瑞穂/Webオリジナル(外部転載))