17日に発足した第2次高市改造内閣。自民党役員人事とあわせて高市早苗首相は何を狙ったのか。今後の政局を読売新聞の伊藤俊行編集委員が読み解く。
にじみ出た「高市カラー」
9月16、17日に高市早苗首相が行った自民党役員人事と内閣改造には、首相の性格や政治手法の長所と短所が色濃くにじみ出ていた。
地味で手堅く、刷新感がなかったという紋切り型の評価は、自民党結党以来、年中行事のように行われてきた内閣改造に政権浮揚効果はほとんどなかった事実をふまえると、表面的でしかない。
今回の人事で着目すべき点は、「国会軽視」との批判もあった高市首相の国会対応がさらに悪くなる(首相から見れば、良くなる)可能性と、「高市1強」と称される権力構造の内実が、むしろ脆弱(ぜいじゃく)になったことだ。
5例目の「成功」になるか?
内閣改造・自民党役員人事の目的は専ら、政権浮揚のための人心刷新を図るか、政策面で政権の方向を示すために行われるものだと言われる。
政権浮揚という観点からは、自民党の結党(1955年)以来、今回で47回目となる内閣改造(第2次森喜朗内閣の省庁再編に伴う担務変更を除く)のうち、自民党の首相が行った41回の改造は全て、「自民党の自民党による自民党のため」のものであり、内閣支持率の一時的な上昇は副産物に過ぎなかったことが分かる。
毎月の内閣支持率の推移が分かるのは1981年の鈴木善幸改造内閣以降で、それから2022年の第2次岸田文雄再改造内閣までの計30回の改造のうち、自民党以外から首相が選ばれた6回を除く24回の成否を見ると、一時的に内閣支持率が上がってもすぐに改造前の水準に戻るか、それ以下に落ち込んでいく事例がほとんどだった。
はっきりと「成功」と言えるのは1999年の小渕恵三改造内閣、2003年の小泉純一郎再改造内閣、15年の第3次安倍晋三改造内閣、17年の第3次安倍再々改造内閣の4例しかない。
逆に、改造直後に内閣支持率が下落した事例が5例あり、残り15回は「効果なし」だった。内閣支持率が下降局面や低迷期になく、横ばいあるいは上昇の局面で行われた改造も、24回中11回を占める。好調な政権の人事にあえて手をつけたのも自民党内の事情であり、国民生活を考えてのことではなかった。
アンケートに頼らざるを得ない人間関係
今回の高市政権の改造も、高い支持率を考えれば人心一新を図る大きな理由は、党内事情と日本維新の会との関係強化以外には見当たらない。
内閣改造の最大の目的は「入閣待望組」を処遇して不満を散らし、時の党総裁の求心力を高めることにある。
今回の人事では、例えば参院自民党幹事長だった石井準一氏の交代を水面下で進めるなど、高市首相から「自分に刃向かい、裏切った」と受け止められたり、「そりが合わない」と感じられたりした議員が冷遇されるなど、首相の「性格」が浮かび上がる場面が散見された。
麻生太郎副総裁が率いる志公会(麻生派)以外の派閥がなくなったことで、派閥単位で「今回はこの人を」といった要望がなかった分、高市首相は所属議員に実施したアンケートを読み込んで人事を行ったという。
額面通りに受け止めれば、これは美談ではなく、いかに高市首相が普段から党内での人間関係が薄かったかを示す逸話としか思えない。ただ、旧弊にとらわれない首相の長所を発揮しやすい環境ではあった。
政策面でのメッセージ、くすぶる党内の不満
政策推進の観点からすると、今回の人事には「政策変更は行わない」というメッセージを見てとれる。例えば、市場からは心配する声が頻々と聞かれ、ドナルド・トランプ米政権のスコット・ベッセント財務長官からも注文がついている高市政権の経済政策について、これまでこれを推進してきた片山さつき財務相や城内実成長戦略相らを続投させている。内閣改造は政策の転換や修正を図るチャンスになるとの見方もあったが、そうはしなかった。
もっとも、市場関係者の中には、「片山氏は、高市政権の軌道修正をするための最後の砦(とりで)」との見方もある。
財政や消費税減税に関して市場や米国の圧力で政策転換をしなければならない局面が来た場合も想定し、財務官僚出身で経済財政に精通した片山氏を留任させたのではないかというわけだ。
少なくとも、経済閣僚を交代させることで市場に「間違ったメッセージ」を与えることは、当面は避けたかったという思惑がにじむ。
これまで閣外協力を続けてきた日本維新の会から前幹事長の中司宏氏が入閣したことで、維新の会の掲げる政策がより反映されるとの見方もある。
一方で、名実ともに連立与党の一角となった以上、政策の不一致にこれまでよりも気を使わなければならないため、「政権のアクセル」の役割が変質する可能性も指摘されている。自民党内には高市首相が維新の会の政策や主張に配慮しすぎだという不満がくすぶっているため、閣内協力に転じた後の自維両党の距離感が縮まると考えるのは早計だろう。
27年総裁選への布石
26年の総裁選を戦った茂木敏充外相、小泉進次郎防衛相を留任させて閣内にとどめ、自民党の小林鷹之政調会長を続投させたのは、政策や対外関係の継続性を重視したという高市首相の説明はその通りだとしても、27年総裁選に向けた「封じ込め」の狙いがあったことも確かだ。
茂木、小泉、小林の3氏にしても、「高市人気」に便乗し、首相の岩盤支持層とされる保守右派の取り込みを図るには、高市政権を支える側にいた方がいいとの損得勘定が働く。
これに対し、26年総裁選に立候補した林芳正・前総務相が閣外に去ったのは、林氏側の事情が大きい。高市首相の国会答弁をきっかけに関係が悪化した中国に人脈を持っていた林氏が、首相を推す「反中」の傾向が強い支持層を取り込める可能性は低い。
むしろ、高市首相の路線に不安や不満を持つ党内の保守中道、リベラルの「みこし」となる方が、「ポスト高市」を勝ち取る戦略としては有効だと考えての動きだろう。
高市首相側も、林氏が所属していた宏池会(旧岸田派)出身の議員の一部が小泉氏の支持に回り、「分裂状態」にあることを見て、「囲い込みは不要」と判断しているのかもしれない。
村井氏を起用したわけ
今回の人事で「高市カラー」が出ているとすれば、内閣の人事より自民党役員人事だろう。
国会対策委員長に閣僚経験がなく、国対経験が豊富とは言い難い村井英樹氏を起用したのは、官邸の思い通りに動かない重量級より、改革志向の若手の方が高市首相の意に沿った国会対応が可能になるという発想からだろう。
参議院自民党幹事長だった石井氏の交代も、仕組みの上では自民党総裁の権限が及ばない人事であるとはいえ、先の特別国会で官邸の思い通りには動かず、野党との協議を重視した石井氏に対する高市首相の不満を反映している。
野党と話し合いや駆け引きをして政策を進めていくといった伝統的な国会運営を脱却し、官邸の思う通りに進めたいというのが高市首相の考えだとすれば、かつて河野謙三・参院議長(在職1971~77年)が議会運営の要諦として「七・三の構え」と表現したように、少数意見に耳を傾けることで政策をよりよいものにしていくという姿からは逸脱している。
臨時国会を乗り切れるか?
先の特別国会は、官邸と国対・自民党との連携がうまくいかなかった。
その理由の多くは、官邸から国対、自民党への連絡、指示が機能していなかったことにあり、非は官邸側にあったが、今回の人事は、官邸が特別国会のつまずきの非は自民党側にあると高市首相が考えていたことの証左だ。
これでは、自維連立政権として消費税減税や議員定数削減などを実現しようとしている臨時国会がうまく回るとは思えない。衆院で野党第1党だった中道改革連合が割れたこともあって官邸は楽観視しているのかもしれないが、一つ間違えれば臨時国会は大荒れになる。
それが内閣支持率の低下につながるのか、「やはり高市さんは自民党らしくないリーダーだ」と好感されるのかは、世論の動きを見る必要がある。
それでも確かなのは、2028年の参院選まで高市首相の「一強」を脅かす要素は乏しいものの、人事の後では当面、求心力を高めるカードが見当たらないことだ。
「忠臣」がいない
政治は「一寸先は闇」で、何が起きるか分からない。
高市首相の最大かつ唯一の力の源泉とも言える「人気」を落とすような事態が起きた時、首相に「忠臣」がいない状態に変わりがなく、望んだポストを得られずに不満を抱く自民党議員が増えている政権には、大きな遠心力が働く。
その意味で、高市政権の脆弱性はむしろ増したと見ることもできる。高市首相が新しい政権の布陣を「決断と挑戦、実行の内閣」と名付けたのとは裏腹に、政権の体力が落ちる中で「国論を二分する課題」に取り組めば、政権の命取りになる可能性もあるのだ。