小泉純一郎政権の発足から25年。小泉氏は「自民党をぶっ壊す」の言葉通り、郵政選挙で自民党の反対派議員たちに刺客候補を立てて追放し、道路公団民営化、年金改革、労働者派遣業の大幅規制緩和など行財政改革を推進するなど日本の政治のあり方や社会を大きく変えた。小泉政治が日本にどんな変化をもたらし、今の高市政治にどう受け継がれているか、慶應義塾大学名誉教授、元総務大臣として小泉政権を支えた竹中平蔵氏が検証する。
既得権益に対するファイティングポーズを取り続けた
小泉内閣で金融担当大臣、郵政民営化担当大臣などを務めた私から見れば、政権の最大の特徴は、「自民党をぶっ壊す」と、既得権益に対するファイティングポーズを取り続けたことです。
これと関連して小泉流の政権運営を「ワンマンだった」とする批判を目にすることがあります。派閥に相談せずに、不良債権処理や郵政民営化といった重要な政策や人事の決断を下したからでしょう。しかし、法令や党則に「派閥に聞くこと」などというルールはありません。むしろ憲法など制度の基本に忠実に従っていた。
旗印となる政策の実現のために敷いた布陣も巧みでした。例えば、経済産業大臣の平沼赳夫氏は、亀井静香氏が率いる志帥会の有力者だし、行政改革担当相や国交相を歴任した石原伸晃氏は、ポスト小泉に名が挙がった石原慎太郎・都知事の息子でした。敵対勢力のナンバー2級を閣内に取り込むと、政敵も露骨な反対をしづらくなり、首相のグリップが利くのです。
現在の高市内閣でもライバル陣営から有力者を取り込んではいますが、麻生太郎・副総裁にしろ、茂木敏充・外相にしろ、それぞれの政策グループのトップだというのが小泉政権との違いです。
併せて小泉政権のレガシーと言えるのは、経済・財政政策の要として、経済財政諮問会議をフル活用したこと。会議では、経済人・学者らが出す「民間議員ペーパー」で改革案を示す際には、所管大臣にも根回しなし。がんがんやり合った上で、論点を詰めた。議事要旨を3日後には公開したから官庁の抵抗と総理の決断が国民に可視化されました。高い支持率が改革への追い風となった。
この成功を見たからか、第2次安倍政権では産業競争力会議なども作られましたが、かつての諮問会議ほどの力を持つことはなく、むしろ内閣官房に会議が乱立して整理もできなくなっています。
もし小泉政権の「罪」があるとすれば、改革しきれなかったことです。
不良債権処理と道路・郵政の民営化の次には、雇用の流動化のため整理解雇の障壁を取り払う改革に取り組むべきでしたが、5年半の任期では着手できませんでした。
高市政権も高い支持率をポリティカルキャピタルにしている点は小泉政権と共通していますが、「何をやるか」が明確でない。労働市場改革など制度・規制改革にも踏み出せば、小泉内閣に匹敵するほどの大きな政治的レガシーになるはずです。
【プロフィール】 竹中平蔵(たけなか・へいぞう)/2001年の小泉内閣発足時に民間人閣僚として経済財政政策担当大臣に就任。2004年参議院議員当選、2006年9月に政界を引退。
※週刊ポスト2026年10月9日号