3番目に古いケーブルカー 来年3月に駅前展示 奈良・三郷

1922年に全国で3番目のケーブルカーとして開業しながら、83年に廃線となった近鉄東信貴(しぎ)鋼索線(ケーブル線)の車両が来年3月、起点だった奈良県三郷町の近鉄生駒線信貴山下駅前に展示されることになった。町内の小学校で保管されている車両をクレーンなどで移動させる予定で、町は「観光振興につながれば」と期待する。
東信貴鋼索線は1922年5月16日に開業し、信貴山詣での客や地域住民の足として親しまれた。同県王寺町史は当時の新聞記事を引用し、開業日の駅の様子を「気の早い大阪方面の遊覧客と参詣者で発車毎にギッシリ箱詰の景気であった」と紹介している。
三郷町教委によると、利用者減で83年8月、61年に及ぶ歴史に終止符を打った後、戦前の33年製造の「コ9」形車両(全長約10メートル、約10トン、定員116人)が近鉄から無償で町に譲渡され、82年に開校した三郷北小(同町美松ケ丘西2)の校庭に置かれた。児童の郷土学習や読み聞かせの場として利用され、事前に学校に申し込めば見学ができ、訪れる鉄道ファンは今も絶えない。
駅前への移動は、信貴山詣でやケーブルカーと共に発展した町の歴史を後世に伝える目的で、車両などは近代化遺産として町文化財に指定する方針。譲渡後に塗り替えられた車両は現役時代のクリーム系とオレンジ系の2色に戻した上、大型クレーンなどを使って約1キロ離れた駅に移動させる。信貴山側の駅西側に緩やかな傾斜が付いた線路を敷設し、車両を乗せる計画だ。

また、内装も可能な限り元の姿に戻し、今後も子供の学習の場などとして活用する。総事業費は約4000万円を見込んでいる。
駅前で半世紀以上商売を続けている坂田弘子さん(82)は昭和30年代の駅周辺のにぎわいや廃線後の変遷を見守ってきた。「駅前を行き交う人は少なくなっていて、(ケーブルカーの展示は)とてもいいことだと思う。町の活性化につながれば」と喜んでいた。【熊谷仁志】
東信貴鋼索線(ケーブル線)
1922(大正11)年、信貴山にある朝護孫子寺(奈良県平群町)への参詣客を見込み、信貴生駒電気鉄道の王寺―信貴山下間(現在の近鉄生駒線の一部)と同時に信貴山下―信貴山間1・7キロが開業した。ケーブルカー開業は18年の生駒山(奈良県)、箱根(神奈川県)に次いで全国3番目で、1890年の奈良県内初の鉄道(奈良―王寺間)開通から32年後だった。車社会の到来に加え、大阪方面からの西信貴ケーブルに客を奪われ、83(昭和58)年8月末で廃線になった。