高市首相はなぜ簗農水相を辞めさせないのか…「予算カット発言」→大臣更迭で“最も得をする人たち”の正体

※本稿は、須田慎一郎氏のYouTubeチャンネル「ただいま取材中!」の一部を再編集したものです。
今、国会で最も注目を集めている簗和生農林水産大臣の「予算カット」発言問題。自身を支援しなかった自治体の道路予算を削減するよう圧力をかけた疑惑であり、事実であれば大臣の資質が問われる事態だ。
野党から厳しい追及を受ける中で、10月8日、高市総理は「私自身、発言は不適切だと考えましたので、厳しく注意をしました。しっかりと説明をした上で、襟を正して、職責を全うしてほしいと」と述べて、更迭する意思はないことを示した。しかし、この判断に対しても世論から大きな批判が巻き起こっている状況にある。
だが、この発言部分だけを切り取って「とんでもない発言をした、とんでもない大臣」と糾弾し、例えば大臣ポストを更迭したり、あるいは議員辞職に追い込んだりしたところで、果たしてそれで全てが「幕引き」となるのだろうか。
私は、問題発言の一報を受けてすぐさま現地へ足を運び、複数の関係者と面会して取材を重ねてきた。その内容から、仮に簗大臣が更迭されたとしても、問題の本当の決着にはならないと見ている。
なぜなら、この事態の背景には、現在話題となっている福岡県議会の問題にも通底するような「地方政界のドロドロとした闇」が横たわっているからだ。見方を変えれば、簗農水相はこの地方政治の泥沼における、ある種のスケープゴートにされてしまった可能性すらある。
問題の本質は、表面的な失言騒動ではなく、このすっきりとしない、釈然としない地方政治の理不尽な力学そのものにある。現地取材を通じて、私はその認識を強く持つに至った。
もちろん、だからといって何らかの処罰が一切行われず、現状追認でよしとするわけではない。本稿では、私が現地で掴んだ事実関係を共有した上で、一体この問題にどのような決着をつけるべきなのか、その判断を読者の皆様に委ねたい。
事の経緯を時系列で追っていこう。発端となったのは、5月24日に開かれた自民党支部総会後の出来事である。
簗農水相の選挙区である「栃木3区」は、彼の地元であり強固な地盤である大田原市をはじめ、矢板市、那須塩原市、那須烏山市、那須郡那珂川町、そして那須町という複数の自治体で構成されている。
この5月24日、支部総会の後に懇親会が開催された。ただし、これはあくまで非公開の場であり、簗氏を地元で支える有力な後援者や熱心な支援者など、ごく少人数だけが集まった「内輪の宴」であった。のちに簗氏が記者会見で「プライベートな会合だった」と釈明したのは、そういう意味合いからである。
ところが、この懇親会に遅れて到着した簗氏の口から、耳を疑うような言葉が飛び出した。「那須烏山市と那珂川町の2026年度の道路予算を大幅にカットした」。
さらに同氏は、名指しした自治体の首長が「自民党の国会議員は不要である」という行動をとり、多くの市民や町民がそれに追随する判断を下したと、恨み節とも取れる一連の発言を行ったのである。
この発言を文字通りに受け取れば、農水相就任前の簗氏が自民党の国会議員という立場を利用し、自身を応援しなかった自治体への“意趣返し”として、国土交通省に圧力をかけて予算を減額させたことになる。「自分が働きかけて予算を削ったのだ」と誇示しているようにしか聞こえない。
しかも、見過ごせない事実がある。実際の2026年度予算を確認すると、確かに那須烏山市と那珂川町の道路予算は、前年度と比較して大幅なカットとなっているのだ。
首長の態度への報復として予算を削ったという発言と、実際の予算配分の動きが見事に一致している。国交省は、簗氏から問い合わせは受けたものの、予算配分への影響は「一切ない」と否定している。それでも、この符合を見れば「簗氏の働きかけに国交省が応じた」と見るのが自然だろう。
そして、あろうことか、極秘裏に行われたはずのこの会合の音声データが外部へと流出し、『週刊新潮』や『週刊文春』の手に渡った。これが、現在世間を騒がせている一連の報道の引き金となったのである。
こうして経緯を振り返ってみると、この音声データが外部に流出した経緯には、非常に気味が悪い、不自然なものが付きまとっていることに気づく。
前述の通り、懇親会は側近中の側近しか集まっていないクローズドな会合だった。つまり、その密室空間において、誰かが簗氏の発言を密かに録音していたことになる。
少なくとも、会合の出席者か音声にアクセスできる人物が録音・流出に関与した可能性がある。録音した人物や、音声が週刊誌に渡った経緯は明らかになっていない。地元では、さまざまな憶測が飛び交っているが、真相は不明だ。
実際のところ、身内に背中を撃たれた簗氏を「哀れだ」と同情する声も地元にはある。当日その会合に出席した関係者に話を聞くと、簗氏はわざわざ「これは決して一般の有権者の前では言えない話だが」と前置きをした上で語っていたという。
絶対に外には漏れない「身内だけの場」という安心感が、あのような脇の甘い発言を誘発してしまった側面は否めない。
さらに時計の針を少し巻き戻して、今年2月に行われた衆院選の結果を見てみると、事態の異常さがよりはっきりと浮き彫りになる。
実は、簗氏はこの選挙において、自身の選挙区である栃木3区で敗北を喫し、比例復活で辛うじて議席を確保するという憂き目に遭っているのだ。
今年2月の衆院選といえば、自民党にとって「高市旋風」が吹き荒れた追い風の選挙であった。これまで比例復活でなんとか議員バッジをつけていたような候補者でさえ、次々と選挙区での勝利を決めた経緯がある。だが、簗氏は敗れたのだ。
なぜ、追い風の選挙でこれほど不可解な敗北を喫したのか。その背景には、地方政界特有の血で血を洗う権力闘争がある。
2021年の衆院選では、簗氏と立憲民主党候補の一騎打ちとなり、自民公認の簗氏が順当に勝利を収めた。しかし、2024年の衆院選では、状況が変わる。保守系無所属新人として出馬した渡辺真太朗氏にわずか178票差まで迫られた。そして、2026年2月の再戦では、渡辺氏が5万8483票、簗氏が5万3975票となり、簗氏は小選挙区で敗れて比例復活したという猛烈な「保守分裂選挙」となっていたのだ。
この渡辺氏を裏で担ぎ上げたのが、他でもない、那須烏山市や那珂川町の自民党地方議員や首長たちだった。
もともとこの2つの自治体は、かつて自民党内で派閥を率いた大物政治家・渡辺美智雄氏が強固な地盤とした、いわゆる「渡辺王国」である。美智雄氏の死後は息子の渡辺喜美氏が地盤を引き継いだが、のちに自民党を離党。その後釜として公募で選ばれ、東京からやってきたのが簗氏だった。地元からすれば「よそ者」という烙印を押されながらも、簗氏は当選を重ねて自民党公認候補としての地位を築いてきた。
そこに目をつけたのが反簗派である。今回出馬した渡辺氏は、実は渡辺美智雄・喜美親子とは一切の血縁関係がない。一方、渡辺氏自身は那須烏山市出身で、地元に根を張って活動してきた。かつて「渡辺王国」と呼ばれた地域で、東京出身の簗氏と地元出身の渡辺氏が争う構図となった。有権者のなかには、同じ渡辺姓であることから、渡辺家の系譜を引き継いだ候補者かと勘違いする人も少なくなかったという。
結果として、今年2月の衆院選では無所属の渡辺氏が小選挙区を制することになった。この時、最も露骨な動きを見せたのが先述した2つの自治体である。
例えば、那須烏山市の川俣純子市長。彼女はこれまで一貫して自民党推薦で当選を重ねてきた自民党籍を持つ首長である。それにもかかわらず、公然と無所属候補である渡辺氏を支援したのだ。
自民党の公認候補がいる小選挙区で別の候補者を応援することは、党内において最も重い「反党行為」に当たる。当然、厳罰に処されてしかるべきだ。しかし不可解なことに、選挙後に自民党栃木県連が下した処分は、極めて軽い「戒告処分」にとどまった。この不公平で歪んだ対応こそが、地方政界の異様な力関係を物語っている。
さらにもう一つ、重要な背景がある。
この栃木3区には突出した主要産業があるわけではなく、土木建設業によって地域経済が回っている、いわゆる「土建王国」なのである。
したがって、道路予算が削られたということ、あるいは「自分には予算を削る力がある」と誇示することには、この地域において極めて重大な意味合いが含まれている。
実のところ、地元の地方議員たちはこの土建業界と密接に結びついている。ここで見えてくるのが、現在問題視されている福岡県議会にも通底する異様な構図だ。県議や市議といった地方議員たちが「自分たちの背後には土建業界がついている。俺たちの言うことを聞け。言うことを聞かないなら選挙で落選させるぞ」と、国会議員に対して猛烈な圧力をかけているのである。
さらには、国会議員に対してカネを要求するような地方議員まで存在したという複数の証言があった。議長や副議長ポストをめぐってカネが飛び交ったとされる福岡県議会の騒動を彷彿とさせるような、生々しい動きが起きていたのだ。
こうした理不尽な要求に対して、簗氏は一貫して拒否の姿勢を貫いていたと複数の関係者から聞いた。「そんな要求には乗れない」と突っぱねていたのである。
したがって、今回の「予算カット発言」だけを切り取って見れば、当然ながら簗農水相に大きな責任がある。だが、単に彼を更迭して済む話なのだろうか。
もし、地元土建業界のある種の意図や思惑に乗っかる形で週刊誌が報道し、結果として簗氏の追い落としを図り、政治的に葬り去ってしまったとしたらどうなるか。要するに、地元の利権を貪る勢力にとって「最も喜ばしい状況」を、正義を振りかざしたメディアが作り出すことになる。
これもまた、あまり釈然としない。
では、一体この問題にどのような形で決着をつけるべきなのか。
おそらく高市首相の元には、こうした地方政界のドロドロとした背景がすでに報告として上がっているはずだ。野党や世論からの辞任要求、更迭要求に対して首相が耳を貸さず、「職責を全うしてほしい」と突っぱねた裏には、こうした事情があるのではないか。
とは言うものの、現在の世論が簗農水相に対して極めて厳しい状況にあることは事実であり、その理由も十分に理解できる。問題は、この逆風に耐えきれるかどうかだ。
ここで彼を更迭し、大臣を辞めさせることが果たして本当の「正義」なのだろうか。政治における善悪は、単純な白黒で測りきれないグレーな部分が必ず存在する。そうした複雑な背景を含め、この騒動をどう着地させるべきか、ぜひ読者の皆様にも見極めていただきたい。
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(ジャーナリスト 須田 慎一郎)