たばこのポイ捨てが、なぜこんな大惨事に…消防隊2人死亡の道頓堀ビル火災は「想定しがたい経過だった」 全容判明、原因は大阪の「象徴」にあった

2025年8月18日午前9時半ごろ、大阪市中央区の道頓堀にある6階建てビル近くの路上で、たばこがポイ捨てされた。 落ちた場所は、このビル敷地の南西側にあったエアコンの室外機付近の溝。たばこの火は周辺に散乱していたペットボトルやポリ袋に移り、約15分後に出火。室外機にも燃え移り、上方へと向かった。 夏休みでにぎわう繁華街が騒然となったビル火災で、消火活動中の消防隊員2人が犠牲になった。2人は大阪市消防局の消防司令、森貴志さん(55)と消防士の長友光成さん(22)=年齢、階級はいずれも当時=。 大阪府警による出火原因の捜査や、市消防局の事故調査委員会が公表した報告書で明らかになったのは、想定しがたい経過だった。あの日、現場で何が起きたのか。(共同通信=長谷夏帆、小笠原学)
▽現場を襲った突然の「異変」 消防に通報が入ったのは、出火直後のこと。 「道頓堀川沿いの店舗が火事です。燃えているのは川沿いの方で、火が出ています」 現場の6階建てビルでは、外壁の屋外広告が激しく延焼して黒煙が立ち上った。出火からわずか5分後の9時50分には、東隣の7階建てビルの屋外広告にも燃え移った。さらに7階建てビルでは、5階の窓に設置されたエアコンが燃えて室内に落下。火はビル内にも広がった。
調査報告書の出火原因に記載された「たばこ(推定)」の文字
森さんと長友さんは指令を受け、もう1人の隊員の鈴木康平さん(仮名)と3人で現場に急行。 9時59分、7階建てビルに入った。3人は別の隊からの依頼を受け、10時10分からは顔に呼吸器を装着し、6階のベランダ付近の室内で放水を始めた。 ちょうどその頃、下の5階では別の隊員がベランダに面した部屋の開き戸を開けた。そこは、延焼して燃えた窓用エアコンが落下した部屋。 異変はすぐに生じた。 6階にいた鈴木さんは強い熱気を急速に感じ、小隊長の森さんが退避命令を出した。 10時13分、鈴木さんは階段に向かおうと1、2歩進んだ。その瞬間に「ドーン」という大きな音が響いた。視界の片隅、階段の方向には赤いものが見えた。鈴木さんは森さんの姿を見失った。呼びかけても応答がない。 鈴木さんは長友さんとベランダに退避しようと思ったが、熱と煙の状況から断念。階段に向かった。鈴木さんは落下物の上を突っ切り、視界不良の中で走り出した。壁のようなものにぶつかりパニックにもなったが、偶然ぶつかった鉄の扉が開き、当初向かおうとした階段ではなく、奥にあった別の階段に行き着いた。ただ、長友さんとははぐれていた。
▽発見は2時間後 鈴木さんは7階に上がり、ベランダから緊急信号を発信し、現地の指揮本部と交信。室内に向かって森さんと長友さんを呼んだが、返事はなかった。 指揮本部も無線で森さんを3回呼び出したが、応答がない。一命を取り留めた鈴木さんから、2人が取り残されているとの報告があり、捜索を開始した。
大阪・道頓堀のビル火災で行われた現場検証=2025年8月19日
ただ、ここで情報が錯綜する。鈴木さんはパニックもあり、場所を正確に伝達できない。 現場では、2人が5階にいるという思い込みがあった。このため5階を12回探したが見つからない。並行して進めた6階での捜索の8回目、ようやく倒れている2人が見つかった。場所は放水した地点近くの部屋。顔には呼吸器がついたままだった。時間は午後0時10分~11分。異変から2時間たっていた。 2人は病院に搬送後、死亡が確認された。いずれも酸素欠乏による窒息死だった。 現場の3人を襲った「異変」は何だったのか。報告書は、当時の活動状況やシミュレーションを基に「バックドラフト」が起きたのではないかと分析している。 バックドラフトは、酸素が不足した空間に急速に空気が流入し、爆発的な燃焼が起きる現象。階段が煙突のような役割を果たすことで、発生した火や熱、煙は急速に6階に達した。森さんと長友さんが倒れていた室内の上方は150~250度と、短時間で行動不能となるほどだったと考えられるという。
▽「想定しがたい経過」 それにしても、火元となった6階建てビルの敷地南西側から、2人が命を落とした東隣7階建てビルの6階へ、あっという間に燃え広がったのはなぜか。

報告書によると、この二カ所を結びつけたのは大阪・道頓堀の景観の「象徴」とも言える屋外広告だった。 ビル2棟には当時、焼き肉店やスイーツなどの広告が、道頓堀川に面する南側外壁の4カ所に設置されていた。火災後の調査で、広告にはいずれも不燃材が使われていなかったことが判明。建築基準法では高さ3㍍を超える広告には不燃材の使用を求めている。3カ所は違法状態だった。 報告書では広告を伝う延焼について、こう言及している。 「現場では想定しがたい火災進展」 亡くなった2人は、北側からビルに入ったため南側の状況を目視しておらず、指揮本部も情報を適切に共有していなかったと指摘。2人は危険性を認識できていなかったと考えられる。バックドラフトでは、2人は方向感覚を失ってパニックに陥り、高温下で短時間のうちに行動不能に。捜索では2人が5階にいるという思い込みもあり、発見が遅れたと総括した。
▽2人死亡、ポイ捨ての「予見超え」 捜査関係者によると、現場付近の防犯カメラには出火前、男性とみられる人物がたばこを投棄する様子が写っていた。この男性は普段から付近でポイ捨てをしており、府警の現場検証でも吸い殻が確認された。 大阪府警は7月、火の付いたたばこをポイ捨てし、ビル計2棟約300平方メートルを焼損させたとして、重過失失火の疑いでビルの飲食店に当時勤務していた男性(35)を書類送検。9月に在宅起訴された。公判は今後開かれる。
大阪・道頓堀ビル火災の調査結果について、記者会見する大阪市消防局幹部ら=1月30日、大阪市役所
一方で、重過失致死容疑は適用しなかった。「(書類送検された)男性の予見を超えた要因が重なった」と判断されたためだ。 府警は消防側の過失の有無も慎重に検討したが、バックドラフトは予測困難で、救助に時間を要したことも回避できなかったとして「落ち度はなかった」。立件は見送っている。
▽実は半数超が「違法」 大阪市によると、道頓堀は約400年前の江戸時代初期、芝居町として発展した。明治時代になると豪華な看板が立ち並び、芝居ではなく看板を目当てに道頓堀を訪れる道楽も生まれたという。戦後は巨大看板が増加。独特の景観が観光客を引きつけてきた。 市の条例では、外壁の広告の大きさを壁面の3分の1以下としているが、歴史的背景や街並み創出の観点から、道頓堀川沿いは5分の4以下に緩和された経緯がある。 火災を受け、大阪市は道頓堀川沿いの屋外広告の調査を実施した。対象の150件の設置者や管理者に調査票を送付。6月末までに149件から回答があった。建築基準法で不燃材使用が求められているのは128件だったが、うち半数超の78件が不燃材を使用していなかった。 大阪市は速やかな取り換えや撤去を指導しているが、同月末までに是正されたのは1割に満たず、わずか6件。具体的な工事時期などを示した計画書を提出しているのも25件にとどまる。

▽不燃材は「高い、重い、少ない」 近年は訪日客も増加し、安全対策の徹底が求められるが、なぜ是正は進まないのか。 看板を製作している60代男性はこう話した。「不燃材かどうかまでは意識していない」 使用している素材は安価な上、業界内では燃えにくいとされているという。男性はライターの火であぶってみせた。「ほら、燃えないでしょう?」 広告会社の別の男性が扱う看板は主にシート状で、畳んで外壁の設置場所まで持ち上げた後、広げて取り付けるという。 「不燃材は高価で重く、畳むと跡が付く。流通量は少なく、すぐには在庫を確保できない。法律を認識していても、別の素材を選んでしまう」 この男性によると、道頓堀特有の課題もある。「川沿いに高所作業車が入れず、足場を組むので手間がかかる」
▽「また起きるのでは」 「個々が守るべきことを守っていれば起きなかった」。火災で死亡した森さんの遺族は、たばこをポイ捨てした疑いで男性が書類送検された際、コメントを出し、こう明かした。 「今もなお、建築基準法に違反する屋外広告が掲げられていることに恐ろしさを感じる」 生前の森さんは、街中で重たい荷物を持って困っている年配の人がいれば、自然と手を差し伸べるような、温和な性格だったという。遺族は「何のために法律があるのか疑問にすら思う。また同じようなことが起きるのではと懸念している」。
大阪市の繁華街・道頓堀のビル火災発生から1年となり、現場付近で手を合わせる人たち=2026年8月18日
今年8月18日、火災から1年が経過した現場ビルは灰色のシートに覆われていた。道頓堀川に架かる橋には献花台が設けられ、多くの観光客が行き交う中、静かに手を合わせる人の姿があった。 森さんと長友さんの上司で、当時一緒に活動した市消防局の50代男性。ビルをしばらく見つめ、話した。「一生背負っていかなければならない。二度と起こしてはだめだ」