「うちの子の芋が小さくて不公平」「教育委員会に訴えるぞ」…田植えや芋掘り体験が中止に? 学校を破壊する“見当違いの被害者意識をもつ親”の異常な暴走

休み時間の怪我、熱中症、田植えや芋掘り体験……子どもの学校生活をめぐるトラブルの背後には、保護者たちの“見当違いの被害者意識”が潜んでいる。叱られて落ち込む子を庇い、芋の大きさの不公平さえ訴え、あげくは「教育委員会に訴えるぞ」と脅す――そんな過剰なクレームに疲弊し、心を病んでいく教員たちの実態とは。
子どもの健全な発達を阻害しかねない“被害者意識の暴走”はなぜ止まらないのか。祥伝社新書の新刊『 被害者意識が強すぎる人たち 』より一部抜粋してお届けする。
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モンスターペアレントが子どもの学びを妨げる
児童・生徒の保護者から学校に寄せられるクレームがあまりに常識から逸脱しているケースが増えてきたことから、モンスターペアレントという言葉さえ使われるようになっているが、そこにも被害者意識が深く絡んでいる。
まずは保護者が抱く被害者意識について見ていくことにしたい。
子どもが放課後に校庭や校舎の周りで遊んでいて怪我をするというのは、昔からよくあることである。だが最近では、子どもが怪我をすると、学校側にクレームをつける保護者が少なくない。わが子が怪我をしたことで被害者意識を抱き、先生の監督責任を問うのである。
だが、授業中ではなく放課後に子ども同士で自由に遊んでいて怪我をしたわけで、その場に先生がいたわけではない。いくら学校にいるときだといっても、いちいち見張っているわけにはいかない。
休み時間や放課後の自由遊びさえ、先生たちが校庭や校舎の内外を分担して見張らなければならないとしたら、会議や文書作りといった校務も、授業の準備や採点も、問題を起こした生徒の指導や相談に来た生徒や保護者の対応もできなくなってしまう。
そうした事情を説明されても保護者が先生を責めるとなれば、学校側としては子どもが自由に遊ぶのを禁止するしかなくなる。休み時間も放課後も校庭に出るのを禁じ、目の届く教室内に子どもたちを閉じ込めておき、放課後はすぐに帰宅させる。それ以外に、クレームを防ぐ手立てはないだろう。
子どもたちにとって、休み時間や放課後に思い切り身体を動かしたり、友だちと一緒に遊んだりすることは、心身の健全な発達にとって必要不可欠なはずなのに、冷静さを失った保護者たちの被害者意識に駆られた過剰反応が、子どもたちの健全な発達を阻害することになってしまう。
わが子に対する厳しさをもたない保護者の過剰反応
わが子が先生から叱られて傷ついて元気がない、生徒を傷つけるような叱り方をしていいのか、と先生にクレームをつける保護者もいる。叱られたと言ってしょげかえっているわが子が可哀相ということなのだろうが、叱られたのには理由があるはずである。何か悪いことをしたとか、すべきことを怠ったとか、何かあるはずだ。そこのところを棚上げして、わが子が傷ついている、どうしてくれるのだなどとクレームをつけるのは、見当違いの被害者意識と言わざるを得ない。
同じように先生から叱られても、しょげかえって元気をなくすどころか、ケロッとしている子もいる。先生に叱られたことをわざわざ親に言わない子もいる。自分が悪いと反省し、学校に文句を言おうとする親を止める子もいる。親としては、何か問題があって先生から叱られた子を慰めるより、反省を促すべきであり、落ち込んでいる子には、そんなことでいちいち落ち込まないように仕向けるべきだろう。
わが子に対する厳しさをもたない保護者の過剰反応が、学校の先生たちが生徒指導を放棄する方向に作用し、子どもたちは社会性を身につけたり心を鍛えたりすることができなくなっている。その結果、社会性の乏しい子、自己コントロールのできない衝動的な子、ストレス耐性が低くちょっとしたことですぐに落ち込む子が増えることになる。
保護者と教員の双方が抱く被害者意識
夏になると、どこの学校でも熱中症になる生徒が出てくる。そこで、基準値より気温が高いときは戸外での運動をやめるとか、水分補給を心がけるなどの対策を取るところが多い。それでも、たまに熱中症気味の生徒が出ることがある。
その生徒の保護者が冷静であれば、水分補給に気をつけるようにわが子に注意したり、家でも塩分の補給を心がけたりといったことをして、いちいち学校にクレームをつけるようなことはない。クレームをつけるとしたら、部活の先生や先輩が部活中の水分補給を許さないとか、炎天下で長時間運動させるなど、特別な事情がある場合に限られる。
ところが、そうした特別な事情もないのに、わが子が熱中症気味になったと学校にクレームをつける保護者がいる。すると学校側は、とくに落ち度があったと思えないのに、戸外での部活を制限したりする。ひとり、あるいはほんの数人が熱中症気味になったというだけで、何の問題もなくふつうに部活をしていた数百人の生徒たちの行動が制約を受けるのである。
このような学校側の対応は、まさに過剰対応と言える。保護者からのクレームを恐れるあまり、過剰な対応をしてしまうのである。
ゲームやインターネットなど人工的な空間で遊ぶことが多い今どきの子どもたちは、自然から離れた生活を送っているため、自然体験を与えるのは非常に大切なことと言える。自然体験教育の一環として、田植えを経験させたり、芋掘りを経験させたりということが、しばしば行われる。だが、そこでも保護者の見当違いの被害者意識の暴走が見られる。
田植え体験というのは、毎日食べているお米を農家の人たちがどのように作っているのか、その仕事のきつさも含めて知ることができる貴重な教育の場と言える。
ところが、「ウチの子は泥水に入るのを嫌がっているから、このような活動はやめてほしい」といったクレームや「服が汚れるからやめてほしい」というクレーム、あるいは「あんな足腰を酷使する重労働をさせる必要はないだろう、可哀相だ」といったクレームがつくことがある。芋掘りというのは、田植えよりもっと多くの子どもたちが昔から体験してきたものだろう。これも、田植え体験と同様、食生活のしくみを知る貴重な体験であると同時に、自分が掘ってきた芋を家族で食べるときに、「これ、僕が掘ったんだよ」と自慢げに説明し、子どもたちは何とも言えない充実感を味わうことができる。
家に持ち帰る芋の大きさが違って不公平だというクレーム
ところが、芋掘り体験にも保護者からのクレームがあるという。たとえば、子どもによって掘って家に持ち帰る芋の大きさが違って不公平だというクレームがあるらしい。不公平という発想はどうなのだろう。大切なのは芋掘りの経験であって、掘った芋の大きさが友だちと比べて大きいか小さいかではないはずである。
だが、困った先生から相談を受けた農家の人が、つぎからはそのような不公平が起こらないようにと、小さな芋を間引きし、できるだけ均一な大きさの芋を掘れるように配慮することさえあるようだ。
そうした見当違いのクレームにいちいち屈することはないと思うだろうが、「教育委員会に訴えるぞ」といった脅し文句を保護者だけでなく生徒までが口にする時代であり、そうしたクレームを過剰に恐れるため、貴重な体験教育をやめてしまう学校が出てくる。
モンスターペアレントと呼ばれる保護者のクレームには、さらに過激なものもあり、わが子と相性の悪い子を別のクラスにさせてほしいとか、発表会等でわが子が主役でないのはおかしいとか、運動会でわが子は足が速いのに足の速い子と一緒の組で走らされるから一番になれないのだとか、常識的に考えたらあり得ないようなクレームが寄せられる。
しかも、いくら説明してもわかってもらえず長時間拘束されたり、自宅にまで電話があり延々文句を言われたり、暴言を吐かれたり、土下座を要求されたりすることさえある。
そうした保護者の見当違いの被害者意識に基づくクレームへの対応に疲れ果てた教員たちも、被害者意識に苛まれ、心を病む者も少なくない。
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(榎本 博明/Webオリジナル(外部転載))