[きしむ日中]<上>
高市首相の台湾有事を巡る国会答弁から7日で1年。対立が長期化する日中関係の現状と課題を追う。
「彼をペルソナ・ノン・グラータ(好ましくない人物)にすると伝えてきて」
答弁から約1週間後の昨年11月中旬、首相は木原官房長官や外務省幹部らを集めた会議でこう語った。首相答弁に反発し、SNS上で「その汚い首は斬ってやるしかない」と投稿した中国の薛剣(シュエジエン)・駐大阪総領事について、早期に帰任させなければ国外退去にすると中国側に伝えるよう指示したものだ。
ペルソナ・ノン・グラータは国際法で認められた措置で、通告すれば外交官を一方的に追放できる。任国の首脳の殺害を予告するかのような発言は、外交儀礼に著しくもとるもので、与党からは追放を求める声が相次いでいた。他方、相手国からは強い反発が予想され、外交では「禁断のカード」とされてきた。
首相が念頭に置いたのは、支持基盤の保守層を中心とする世論の声だ。首相の対中姿勢は世論から肯定的に受け止められ、読売新聞の同11月下旬の世論調査でも6割弱が支持し、首相の判断を支えていた。
目算は狂う。指示を受けた金井正彰外務省アジア大洋州局長が中国外務省の劉勁松(リウジンソン)アジア局長(当時)と北京で会談し、追放検討を伝えると、劉氏は、中国駐在の総領事を名指しし、「1人を追放すれば、こちらは2人だ」と予告した。
日本側は、薛氏を追放した場合、総領事1人が中国から追放を受け、「痛み分け」で手打ちにするシナリオを想定した。だが、中国が示したのは「倍返し」だ。報告を受けた首相は追放の見送りを決めた。報復の連鎖がさらなる関係悪化につながることを懸念したためで、「対話の余地を残すためのギリギリの判断」(日本政府関係者)だった。
事の発端となった答弁は、台湾有事で集団的自衛権が行使できるかどうかを野党議員に衆院予算委員会で詰められた際に飛び出した。首相は、台湾周辺で活動する米軍に中国が武力を行使すれば「どう考えても存立危機事態になり得る」と答え、集団的自衛権行使の対象との認識を示した。
1972年の日中国交正常化以来、日本の歴代内閣は、中国が台湾を自国の一部と主張していることを踏まえ、台湾有事への関与については曖昧な見解を維持してきた。中国側に手の内をさらさないようにする狙いもあった。白黒はっきりさせるような首相の答弁は、過去の政府見解から踏み込んだ印象を与え、中国側は「台湾問題への武力介入」などと反発した。
首相は、中国との関係改善を望んでいるものの、中国側が求める答弁の撤回要求には応じる気配を見せていない。高支持率が続く中、保守層に響く対中姿勢を修正しづらい事情もある。
反日プロパガンダを強める中国に対し、安易な妥協を見せたくない日本。互いに譲らない冷え切った関係が固定化しつつある。