広島県世羅町と尾道市の民間有志約40人が先月、地元産の新米45キロなどを高野山(和歌山県高野町)に奉納した。かつて備後国大田庄と呼ばれた米どころの世羅町は、高野山の領地として年貢米を納めてきた歴史がある。その積み出し港となった尾道港が、今年で開港850年を迎えたことを記念して、約550年ぶりに故事を再現した。
平氏の領地だった大田庄は1169(嘉応元)年、後白河法皇に寄進された。平氏滅亡後、その霊を鎮めるために法皇が高野山に寄進し、大田庄を治める中心として「今高野山」と呼ばれる寺も開かれた。以来、約350年にわたって大田庄から海路で高野山に年貢米が納められたが、やがて台頭した武士勢力に抑えられて途絶えたとされる。
現在の今高野山は真言宗系の龍華寺(りゅうげじ)に二つの子院が残り、高野山を守護する丹生都比売(にうつひめ)神社(現在の和歌山県かつらぎ町)から勧請された丹生(たんじょう)神社と共に、高野山との深いつながりを伝えている。
米奉納は、世羅町と尾道市の地域づくり団体や歴史研究会などの有志らでつくる実行委員会が企画。1泊2日のバスツアーとして実施した。
一行は先月22日に金剛峯寺を訪問。高野山真言宗の添田隆昭・宗務総長に目録を手渡した山本稔・実行委員長は「世羅町は広島県一と自他共に認めるおいしい米の産地。今後ともよろしくお付き合いをお願いします」とあいさつした。添田宗務総長は感謝状を贈り、「歴史的なつながりの再現を弘法大師も喜んでおられると思う」と述べた。【松野和生】