記録的な大雨をもたらした台風19号による浸水被害では、自宅にとどまって逃げ遅れた多くの高齢者らが犠牲になった。1人暮らしをしていた福島県本宮市の鈴木幸子さん(78)も自宅1階で遺体で見つかった。「なぜ『逃げろ』と言わなかったのだろう」。千葉県から定期的に実家を訪れていた長女の敦子さん(51)は後悔を募らせている。
敦子さんら子供3人は進学などを機に、すでに実家を出て、母は長らく夫や義母と一緒に暮らしていた。だが2人は相次いで他界し、母は4年前から1人暮らしだった。
最近では、すっかり足腰が悪くなり、敦子さんが毎月1回実家を訪れ、通院や身の回りの世話をしていた。母は明るく、おおざっぱな性格。よく口げんかもしたという。
ただ、「格好が悪い」とつえを持つのを嫌っていたのに、手をつないでくる“かわいらしい”一面もあった。「言いたいことを何でも言い合えたのに」。敦子さんはそう振り返る。
そんな穏やかな生活を台風19号が奪った。阿武隈川とその支流の安達太良(あだたら)川が13日に決壊し、母が住む本宮が浸水したことはニュースで知った。すぐに電話をかけたが、つながらない。
「友達の家で過ごしているのだろうと信じていた」
しかし、その後も連絡が一向に取れず、不安な思いを抱きながら実家を目指した。浸水で容易に近づけず、避難所やヘルパーに問い合わせても母の所在はつかめなかった。
そして14日、兄から「母が見つかった」と連絡を受けた。遺体は1階のベッドの脇にあったという。「嘘でしょ…」。信じたくはなかった。
実家は昭和61年の台風でも水害被害に遭っており、母は子供らと2階に避難して助かった。水害の多い地域だけに、10年以上前に自宅をかさ上げし、万一の事態に備えていた。だが、想像以上の勢いで押し寄せた濁流は、母がいた1階を完全にのみ込んだ。
あの時のように2階に逃げていれば難を逃れたかもしれないのに、足腰が悪かった母は2階を目指さなかった。敦子さんは今、夫とともに実家の家財道具や畳を外に出す作業などに追われながら、悔やむ日々だ。
いつも顔を合わせていた母に、なぜ台風が迫る前に「逃げろ」と言わなかったのだろう。「ごめんね、ごめんね」。心の中で幾度も謝り続けている。(大渡美咲)