台風19号の記録的な大雨などにより、8人の死亡が確認された福島県いわき市。堤防が決壊した夏井川沿いの自宅にいた根本徳一さん(78)は、浸水が天井まで迫る中、頭で天井板を破り、息子(48)と共に屋根裏によじ登って難を逃れた。
「早く起きろ、水がいっぱいだぞ」。13日未明、普段通り寝ていた根本さんは、息子の叫ぶ声で飛び起きた。根本さんの寝室より床の高さが20センチほど低い息子の部屋には、既に水が染み出ていた。浸水の早さは想像以上で、すぐに膝元くらいまで上がってきた。
辺りは真っ暗で、もう避難のしようがない。2人は室内に浮かんだ畳の上に乗った。自宅は平屋建てで、天井までの距離が徐々に近づく。障害を持つ息子は「薬はどこ」と恐怖でパニックになった。根本さんは息子をなだめながらも、内心は「人生、終わったかもしれない」と思った。
いよいよ水は天井に迫った。「助かる道はこれしかない」。根本さんは覚悟を決め、畳の上から天井に思い切り頭突きをした。ドン、ドンと繰り返し突くと、ベニヤの天井板に人が通れるほどの穴が開いた。必死でよじ登り、「こっちだ」と息子に声を掛け、2人で屋根裏に逃れた。
身を寄せ合ったが、さらに水位が上がらないか不安で眠れなかった。明るくなって外を見ると、一帯は湖のように。根本さんらは13日午後、消防のボートで救助された。
水が引き、家具や畳を運び出して空になった部屋は、今もぽっかりと天井に穴が開く。「ここに50年以上住んでいるけど、まさかこんなことになるとは」。根本さんは今でも信じられない様子で振り返った。
[時事通信社]