企業の戦略決定の上で最重要項目といえる「値決め」。各企業では、1つの商品について1円単位で価格をどうするのかに悩んでいるところも多いのではないだろうか。
さまざまな議論を巻き起こすこの値決めについて、「プライステック」と呼ばれる分野が活況を帯び始めている。決済サービスを手掛けるネットプロテクションズ(千代田区)とプライシング事業を手掛ける空(同)が発表した「PriceTech業界カオスマップ」によると、大まかに3つの分野に分けることができる。
1つが「ダイナミックプライシング」と呼ばれる、需要供給分析などに基づいた価格の最適化テクノロジーだ。2つ目が、「プレプライシング」と呼ばれる、定価がなく、オークションや交渉などを通して価格を決定する仕組み。3つ目が、商品を購入したりサービスを利用したりした後に価格を決定する「ポストプライシング」だ。
3つ目のポストプライシングにおいて、8月に登場したのがネットプロテクションズの手掛ける「あと値決め」だ。サービス名そのまま、買ったり利用したり体験したり、対価を払う物事に対して事後的に価格をユーザーが決定する。企業は最低価格を決定するだけで、後はユーザーが評価し、それに基づいて価格を決定する。中には最低価格を「0円」にしている企業もあるというから驚きだ。
ネットプロテクションズの発表によると、利用している企業は現在10数社ほど。サービス開始以降、どんな反響があり、どんな効果があったのか。ネットプロテクションズの担当者に取材した。
ユーザーが付けた価格とコメントは全て開示
あと値決めは、ユーザー側も企業側にもメリットがあるサービスだ。ユーザーは、アプリの登録やクレジットカードの登録、書類の提出などは一切必要ない。本人確認は電話番号の下4ケタで行う。ユーザーは、サービスを利用したり、何かを購入したりした後、設定されたタイミングで値決めを行う。値決めでは、「使いやすさ」「対応品質」などの軸に沿って価格を決定する。
決定する際には、他の人がどのようなコメントをして、どのような値決めをしたかがまとまった「みんなの値決め」を参照できる。いろいろな人の付けた価格を見ることによって、柔軟に値決めできるようにするのが狙いだ。誹謗(ひぼう)中傷や個人を特定する情報以外は基本的に全件全開示をモットーとしており、ユーザーの率直な声を知ることができる。
企業側は、こうした消費者のコメントや評価を詳細にチェックできる。サービスの評価項目について、細分化して反応を見られることに特徴があるという。また、入力情報の管理や請求、督促までをアウトソーシングできるため、手間も少ないまま既存のサービスの決済システムとして組み込むことができる。
なお、あと値決めの利用料も、企業側が後から決める(決済手数料は除く)上、原則として無料としている。「NP後払いなど先行するサービスに付随したサービスのため、固定的なコストがかかっていない」(担当者の専光建志氏)というのが理由だ。利用料が支払われた場合には、これから導入する企業への支援として使う予定だという。つまり、企業側としては実質的に決済手数料だけで利用することも可能。新規顧客の獲得にかけるコストなどを考えてみても、かなりお得なサービスだといえるだろう。
サービス開始後の反響
気になるのはユーザーが実際に支払った金額だ。専光氏によると、「全体的に安い、とか高い、といった傾向はまだない」という。ただ、ミュージカルなどを手掛けるP.A.TOKYOが導入したケースでは、もともとの定価が3000円の公演を最低価格500円に設定。詳しい金額は明かさなかったが、最終的に支払われた金額はもともとの定価と比較して激しく高かったり安かったりはしなかったという。「良い意味で誰か1人の声が大きい、ということはなく『価格の民主化』が進んでいる」という受け止めだ。特に目立ったトラブルもないという。
サービス開始後、意外な反応もあった。当初、企業側が設定した金額に「チップ」的に上乗せして支払われる金額は、500円ほどと予想していた。しかし、実際には2000~3000円ほど上乗せして支払うユーザーもいるなど、かなり幅広い使われ方がされているという。
また、ユーザーのコメントも予想以上に多く寄せられている。専光氏によると、「通常のアンケートで『コメント欄』があれば回答率は5%あれば高い方」。あと値決めでは、90%ほどのユーザーがコメントを書いている。当初は高くても70%ほどを想定していたというから驚きだ。
さらに、コメントの量も申し訳程度ではなくしっかり書かれているものが目立つという。「値決めに自由度がある分、その裏付けとしてしっかりコメントを書く傾向にあるのでは」と分析している。
多くの会社、値決めは「何となく」
ネットプロテクションズはもともと、決済サービスで成長を続けてきた。EC向け後払い決済システム「NP後払い」を主軸に、B2B向け決済システムなども展開。2002年のサービス開始以来、累計利用企業は260万社を超え、年間流通総額は3000億円と、業界内でのシェアはトップを誇る。
一方で、サービスを展開する上で培ったノウハウやリソースをもっと有効活用したいという思いもあった。こうした中で生まれたのがあと値決めだ。
同社では販促支援なども以前から行っている。競合を分析する中で見えてきたのが、「ほとんどのマーケティング支援は『見せ方』や『伝え方』に終始している」という点だ。こうした理由から商品やサービスを根幹から変えるプライシングの面にチャンスを見出していた。また、後払いシステムを提供しているため、ポストプライシングに関しても優位性を持っていた。
企業の「値決め」に目を向けると、「多くの会社では、何となく価格を決めている」(専光氏)。企業の価格設定を大別すると、原価等のコストを積み上げて価格を設定する企業と、最初は高めに設定し、競合が出てきたときに徐々に引き下げていく企業に分けられるという。何となく価格が決められた商品が売れる中で、市場の相場が決まっていくのがほとんどだという。
こうした中で「適正価格ではないものも数多くある」ということを専光氏は感じていたという。また「感じたものをそのまま感じたように支払うのが自然だ、と考えている人も増えてきている」。こうした背景から、ユーザーが価格を決め、価格の妥当性の担保もされるあと値決めは生まれた。
ゆくゆくは企業のブランディングに
サービスの導入に際して、値決めのタイミングなどにもネットプロテクションズがコミットする。「単に『設定した価格以上にユーザーに支払ってもらえるサービス』だと企業に考えてほしくない」と専光氏は話す。商品やサービスを提供して評価してもらうというだけでなく、それに関するストーリーや企業のメッセージなどを一緒に伝えられることに意義があるサービスだと考えている。
利用企業数については、19年度中に50~100社ほどまで増やすことを目指す。ただ、あまねく全ての企業への導入を目指しているわけではない。思い描くのは、利用している企業のブランド化だ。「ユーザーからのコメントが見られる以上、使い続ける企業には一定以上の安心感や品質が求められる」と考えている。
そもそも、商品取引の黎明期には定価というものはなく時価であったり、取引先に合わせて価格を変動させるのが主流だった。これが大量生産、大量販売の時代を迎え、定価という存在が生まれた。ユーザーの評価によって価格が変動するあと値決めは、プライシングのこれからをどう変えていくのだろうか。