ラグビーW杯の成功で見えた「武道ツーリズム」のポテンシャル

南アフリカに敗れてしまったものの、イベント的には大きな盛り上がりを見せているラグビーW杯。全国12の開催都市を訪れている40万人にも及ぶ外国人サポーターや各国代表選手は、日本各地の「おもてなし」に大変満足しているらしく、一部の気の早い海外メディアなど、日本のW杯開催を「見事な選択だった」と絶賛している。

もちろん、日本側でも大喜びしている人たちが山ほどいる。

例えば、ビール業界。ご存じのように、人口減少や若者のビール離れから、ビール消費量がじわじわと減少していたが、W杯になってから途端に品薄状態と嬉しい悲鳴が上がっている。海外のラグビーファンは試合前から浴びるほどビールをカパカパ空けながら、ラグビー談義に花を咲かせるからだ。

人口減少で国内市場が縮小する中で、訪日外国人観光客がバンバン金を使って地方を潤わせる――という観光立国における典型的な成功事例のようなことが起きているのだ。

このような「ラグビー観光」の大成功を見て筆者が強く感じるのは、日本の「スポーツツーリズム」の大きなポテンシャルである。

スポーツを見に行く、もしくは体験しに行くための旅行およびそれに伴う周辺観光などを指しているスポーツツーリズムは、日本ではまだほとんど手つかずといっていいほど整備されていない。それを裏返せば、この分野を確立すれば、日本の観光産業はまだまだ大きく成長できるということだ。

「だからこそ、来年の東京2020が大事なのだ」といきり立つ人も多いだろうが、五輪は開催期間が2週間ぽっち。経済効果と集客が期待できる国際イベントであることは間違いないが、「爆買」と似た打ち上げ花火的なインバウンドバブルに過ぎず、国の観光業を継続的に成長へ導くスポーツツーリズムではない。

ズバリ「武道」
では、五輪ではないとすれば一体どこに大きなポテンシャルがあるのかというと、ズバリ「武道」である。

日本には、空手、柔道、剣道、合気道、居合道など、多くの伝統的な武道が存在しているのはご存じの通りだが、それらの発祥や盛んな地域が日本各地に点在していることはあまり知られていない。例えば空手なら沖縄、剣道ならば九州、居合道は山形県村山市、薙刀の兵庫県伊丹市などである。このような「武道の街」を外国人観光客でも気軽に演武や組手を観戦したり、体験入門などができるような整備を行って「聖地」として大々的に発信する。

野球のヤンキー・スタジアム、サッカーのウェンブリー・スタジアム、ラグビーのイーデン・パークなどに世界中から多くの観光客が訪れているように、「武道の聖地」にも外国人が大挙として押し寄せ、今回のラクビーW杯のような「地方のにぎわい」を生み出せるかもしれないのだ。

なんてことを言うと、「確かに空手や柔道も日本が世界に誇るものだが、その前にまずは外国人観光客からも人気のあるプロ野球やJリーグを観光資源とすべきだろ」という声が、熱心な野球ファン、サッカーファンから飛んできそうだが、残念ながらこれらのスポーツを整備しても効果は限定的だ。

日本人がどんなにゴリ推ししても、「客」のほうが求めていないからだ。

2017年、スポーツ庁がアメリカ、タイ、オーストラリア、中国、韓国、香港、台湾、香港という7カ国の観光客を対象にして「スポーツツーリズムに関する海外マーケティング調査」を行なった。その中で、「日本で経験してみたい『みる』スポーツツーリズム」について質問したところ多くの国から名前が挙がったのが、野球でもサッカーでもなく、柔道、空手、剣道、合気道という「武道」だったのである。

その内訳は、中国が最も高く50.7%、次いでアメリカ37.3%、タイ37.3%、香港35.3%、オーストラリア28.7%と続く。我々日本人が「外国人観光客から人気」というイメージを抱く大相撲でさえ中国42%、アメリカ26.7%、タイ33.3%ということを踏まれば、実は「武道」こそが、日本が国をあげて打ち出していくべき観光キラーコンテンツだということがよく分かる。

ちなみに、野球に関しては韓国と台湾だけが突出して40%台である以外、よその国は10%台。サッカーもアメリカやタイが30%と高いものの、他の国は13%~23%あたりにいる。

「客」の立場に立っていない
では、これだけ多くの外国人観光客が「日本の武道」を見てみたいと願っている中で、そのニーズに日本側が応えているかというと、残念ながらそうとは言い難い。

確かに、外国人観光客向けの空手や柔道の体験ツアーなども増えてきている。外国人にいきなり武の心や礼節を説くようなハードルの高いものだけではなく、かなり一般向けというか、レジャー色の強いものも登場してきた。

例えば、外国人観光客が剣道体験が行えるSAMURAI TRIP(サムライトリップ)というプログラムでは、試合形式のミニゲーム体験や、店内に剣道グッズが溢れる「剣道居酒屋」で、オリジナルの和食メニュー「サムライ飯」を振る舞うなんてものまで出てきて、海外メディアにも多く紹介されている。

だが、厳しいようだが、まだまだ「客」の立場に立っていない。空手が好き、剣道が好きという親日家・外国人に向けたようなマニアック観光であって、フツーの外国人観光客が楽しめるような内容になっていない。

例えば、タイのムエタイは、主要都市に必ずスタジアムがあって毎日どこかで試合が行われている。格闘技をそこまで知らない、興味のない観光客でも気軽に観戦できるのだ。また、「体験」のハードルも低い。タイ国政府観光庁のムエタイのPRページを引用しよう。

『外国人の練習生を受け入れているジムはバンコクなど大都市をはじめ各地にあり、ビギナーはもちろん、経験者もプロのコーチから実戦的な指導を受けることができます。多くの場合、グループ・トレーニングやマンツーマン・トレーニングといった選択も可能。ジム内に宿泊設備が用意されているところもあり、リーズナブルな価格で気軽にトライすることができます』

つまり、今の日本には必要なのは、ここへ足を運んでみれば、毎日とりあえず何かしらの「武道」がライブで見れる、というような「武道スタジアム」の整備、そして外国人観光客がふらっと立ち寄って、体験できるような道場をもっと増やしていくことだ。

カネを出すのは海外のカジノ企業
もちろん、ムエタイの真似だけではなく、日本ならではの施策も必要だ。例えば、ゴーグルをかけると、空手の試合をやっているようなバーチャル体験ができるなんて施設があってもいいかもしれない。

そんなカネがどこにあるんだと思うかもしれないが、そのためのIR(カジノを含む統合リゾート)だ。カネを出すのは海外のカジノ企業なので、IR設置の条件には、必ず日本の伝統的な武道のテーマパークを併設することを条件にすれば、国も自治体も懐を痛めることなく、「武道ツーリズム」の環境整備ができるというわけだ。

というような話をすると、「武道は見世物ではない!」「日本文化に理解のない外国人が道場に押しかけても迷惑なだけだ」と不快になる武道家の方も多いかもしれないが、このように観光資源化することが長い目で見れば、武道のためになるのも事実なのだ。

ご存じのように、武道人口は年を追うごとに減少している。少子高齢化なので当然といえば当然で、武道によって若干の違いはあるが、高齢者の競技人口ばかりが増えて、子どもや若者が減っている点は共通している。

競技人口が減れば、専門の指導者も減る。道場も減って、技術の継承も難しくなるのでレベルも落ちていく。こうなると、あとは「文化保護」の名目で、国から補助金をどれだけふんだくるのかという戦いになるので、日本の伝統工芸の世界と同様に「衰退」が始まっていくのだ。

日本の武道に「勝機」
このような事態を避けるためにも、競技人口を増やしていくしかないのだが、人口が急速に減っていく日本ではもはや不可能に近い。そうなると、日本の武道を後世に残していく道はひとつしかない。海外競技人口を増やして、「日本の武道」から「世界のBUDOU」にしていくのだ。

おいおい、ずいぶん簡単に言うじゃないか、と思うかもしれないが、実は日本の武道にはその「勝機」が十分すぎるほど持っているのだ。

例えば、ミズノの調査(2016年)によると、日本の柔道人口は約16万人だが、ブラジルではなんとその12倍の200万人だという。フランスには56万人、ドイツも18万人もいる。また、空手の競技人口にいたっては、国内では100万人程度だと言われているが、全世界では7000万人にのぼるとも言われているのだ。

つまり、空手や柔道などの武道は、我々日本人が思っている以上にはるかに世界で支持をされているものなのだ。

ここまで言えばもうお分かりだろう。「武道ツーリズム」は、単に武道を見世物にして外国人観光客にカネを落としてもらおう、というような「伝統文化のたたき売り」ではなく、海外に幅広く普及している空手や柔道など武道の「聖地」が日本であることをあらためて世界に発信することで、国内の武道を活性化させていくことが狙いなのだ。

冒頭で申し上げたように今回、ラグビーW杯は大いに盛り上がったが、国際競技団体World Rugbyの2018年資料によれば、日本の競技人口は10万8796人で全人口に占める割合は0.08%。これは今回W杯に出ている国の中では際立って低い比率だ。ニュージーランドもラグビー競技人口自体は15万人とそれほど変わらないが、総人口に対する割合では3.2%も占めている。

そのような意味では、日本のラグビーはかなり衰退傾向にあると言っていい。しかし、今回W杯が日本で開催されたことで海外からも注目を集めて、日本人も大いに盛り上がった。日本代表の試合に心を打たれた子どもたちの中には将来ラグビーをやってみたいと夢見た子も多くいたはずだ。

このようなラグビーW杯の成功を踏まえれば、同じように日本の武道が海外から注目を集め、外国人観光客が武道目当てに日本中を旅すれば、武道人口も増えていくかもしれない。

後世の人に伝えるべき国の文化
実はこれこそが、我々日本人が国を挙げて「武道ツーリズム」を推進する最大のメリットなのだ。

タイを訪れる外国人観光客の多くが街中に点在するリングでムエタイの試合を観戦する。ハワイを訪れた人ならば分かるが、ワイキキでは毎日のようにフラダンスショーが行われている。両方とも「見世物」と言ってしまうことは簡単だが、そのように観光資源にしたことで、「タイと言えばムエタイ」「ハワイと言えばフラダンス」というブランディングができてカネを生み、 産業となっていることで、新たな担い手を呼び込んでいるという側面もある。「伝統文化を観光に」というのは一見すると伝統文化を破壊しているように見えるものだが、結果としてその伝統文化を守ることになる。

日本の武道もこれはピタッと当てはまる。最初は「見世物」になるのは抵抗があるかもしれないが、それによって「食える」ことになれば当然、武道の担い手は増えていく。結果として、武道を守り、武道の裾野を広げ、武道の発展につながっていくのだ。

武道だけではないが、日本では伝統文化は国が責任を持って守るのが当然という考えが根強い。しかし、残念ながらこれからの日本はガクンと人口が減るので、税収もガクンと減っていく。つまり、衰退していく伝統文化を税金だけで守ることは不可能になっていくのだ。だからこそ、「観光」という産業化が必要なのだ。

先日、五輪の目玉であるマラソンの会場を札幌に変更する話がポッと出て大騒ぎになっているように、W杯やオリンピックといったイベント依存型の観光立国は、自然災害や気候の問題がある日本にはかなりリスキーだ。そのような不安要素に左右されることのない観光大国に日本が成長するには、唯一無二のキラーコンテンツを世界に示していく必要がある。

東京2020に暗雲が漂う今だからこそ、多くの国の人々が「見たい」と願っている「武道」という切り札を出す時期なのではないか。